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『彼とわたしの漂流日記』(2009) 特集:もっと観るべき韓国映画 全作品解説⑨(文/岡本敦史)

解説記事 編集部 
『彼とわたしの漂流日記』(2009) 特集:もっと観るべき韓国映画 全作品解説⑨(文/岡本敦史)
おかげさまで再生回数常時上位、今や不動の人気ジャンル、韓国映画。好評にお応えし、8、9、10月と怒涛の作品大量投下!初月となる8月は「これを見逃していたら勿体無さすぎる」という鉄板タイトルを10本、韓国映画に詳しいライターで編集者の岡本敦史さんにセレクトしてもらいました。

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  1. 漢江の橋から1人の男が飛び降り自殺未遂。中州に流れ着き、都会のド真ん中で漂流生活。愛情たっぷりのキャラクター描写、すっとぼけた笑い、おとぎ話を思わせる独特の映像美、そして温かなヒューマニズム

漢江の橋から1人の男が飛び降り自殺未遂。中州に流れ着き、都会のド真ん中で漂流生活。愛情たっぷりのキャラクター描写、すっとぼけた笑い、おとぎ話を思わせる独特の映像美、そして温かなヒューマニズム

 ある日、大都会ソウルを流れる漢江の橋の上から、1人の男が飛び降りた、彼の名はキム氏。リストラされ、莫大な借金を背負い、人生に絶望した末の決断だった。が、気が付くとそこは川の真ん中にある小さな無人島。水没した携帯電話は通じず、筋金入りのカナヅチのため脱出もかなわない。キム氏はなりゆきでサバイバル生活を始めることに……そんな彼の新たな人生を、河岸のマンションから観察している者がいた!

 都会のド真ん中、しかも川の中州での漂流生活という、ホラ話のような設定で贈る変化球コメディ。監督・脚本はこれが単独監督デビュー作となったイ・ヘジュン。突飛なアイデア、すっとぼけた笑い、そしてファンタジックなおとぎ話を思わせる映像美で独特の作品世界を構築しつつ、温かなヒューマニズムと愛情たっぷりのキャラクター描写で観る者の胸を打つ。その不思議なバランス感覚は、パニック超大作なのにオフビートコメディ色濃厚な『白頭山大噴火』(2019)でも健在だった。

 主人公のキム氏を演じるのは、愛らしい善人役からコワモテの悪役まで幅広くこなす実力派俳優チョン・ジェヨン。『シルミド/SILMIDO』(2003)では別の理由で島流しになっていた彼が、本作では“ソウルのロビンソン・クルーソー”を情けなさ全開・かわいさ満点に妙演。だんだんと野性味のみならず聖性すら帯びていく主人公の変化を、表情豊かな一人芝居で演じきり、映画全体を支えている。

 本作のもうひとりの主人公、引きこもりの“観察者”キムさん役を演じた、チョン・リョウォンの繊細な演技も忘れ難い。対人関係を重視する韓国社会ではアウトサイダーにならざるを得ない「孤独愛好者」キムさんの肖像は、大阪アジアン映画祭2022のグランプリ作品『おひとりさま族』(2021)の原型のようでもある。また、韓国インディーズ映画界のスターであり、のちに全国区の人気俳優ともなるク・ギョファンが、終盤近くに極めて重要な役(?)で登場するのも見逃せない。

 物語の背景には、韓国で長年にわたり深刻な社会問題になっている自殺率の高さがある(日本も決して他人事ではない)。モチーフは非常にシリアスだが、それをメルヘンタッチのコメディとして描き、本来この物語が元気づけるべき人々に向けた「やさしいくすり」にしているところに作り手の良心を感じる。また、主人公たちを繋ぐ「孤独」の描写も、真摯かつデリケートだ。それは心の闇の温床ともなり、自由と再生をもたらす良薬ともなる。同じ都会の孤島に生きる者として、2人のキムさんが共鳴するシンメトリカルな物語構造も秀逸だ。

 もちろんサバイバル映画としての見どころも多い。おそらく大いに参考にしたであろう『キャスト・アウェイ』(2000)のように、随所に散りばめられたアイテムが鮮やかな印象を残す。なかでも韓国式中華の代表格ジャージャー麺が、こんなにも尊く、涙を誘うものとして描かれる映画は、ほかにない。

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Profile : 岡本敦史
ライター・編集者。主な参加書籍に『塚本晋也「野火」全記録』(洋泉社)、『パラサイト 半地下の家族 公式完全読本』(太田出版)など。劇場用パンフレット、DVD・Blu-rayのブックレット等にも執筆。
紹介作品は動画配信サービス「スターチャンネルEX」にて配信中!

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