「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、思わぬ相関関係に結ばれた群像スリラー『悪なき殺人』

解説記事 編集部 
「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、思わぬ相関関係に結ばれた群像スリラー『悪なき殺人』
吹雪の夜の失踪事件、殺された犬、持ち主の消えた車、そして見知らぬ女性の死体……。散りばめられた断片は観る者を画面に食い入らせ、パズルのピースが徐々に奇怪な図像を形作っていく。

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  1. あらすじ 〜複数の登場人物、異なる視点、別々の場所、飛躍する時間〜
  2. 熟達のスタッフ×実力派中堅とフレッシュな顔ぶれのアンサンブル・キャスト

あらすじ 〜複数の登場人物、異なる視点、別々の場所、飛躍する時間〜

 アフリカ、コートジボワール共和国の都市アビジャン。仔ヤギを背中にくくりつけた青年が、自転車に乗って街の雑踏を走り抜ける。「フランスの寒村を舞台にした群像スリラー」と聞いてから観始めると、意表を突くオープニングである。

 複数の登場人物、異なる視点。別々の場所、飛躍する時間。これらを巧みに行き来して「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、思わぬ相関関係に結ばれた群像劇を浮かび上がらせる。クエンティン・タランティーノやガイ・リッチーの躍進以降、映画界ではよく見る手法ではあるが、あくまでそれは「容れ物の形」であり、それ自体が面白さを醸し出すわけではない。やはり語り手の人間観/作家性こそが、作品の質や豊かさをもたらすのだということを、改めて教えてくれる拾い物だ。

 と、思わず結論から始めてしまったが、この後に続くストーリー説明の複雑さを乗り越えていただくための予防線なので、どうかお許しを……。
 灼熱のアフリカから一転、舞台は見渡すかぎり雪景色のフランスの片田舎に移る。共済組合の外回り担当として働くアリス(ロール・カラミー)は、同じ村に住む畜産農家のジョゼフ(ダミアン・ボナール)と不倫中。人付き合いが苦手で、朴訥としたジョゼフの態度は、いつになくよそよそしい。実はある偶然の出会いから、彼は“禁断の愛”に耽るようになっていた。さらに、同じく牧畜業を営むアリスの夫ミシェル(ドゥニ・メノーシェ)もまた、妻に隠れて秘密の交際に熱中していた……。

畜産農家のジョゼフ(ダミアン・ボナール)

 一方、南仏のリゾート地セートのレストランで働くマリオン(ナディア・テレスキウィッツ)は、旅行者のエヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)と衝動的な恋に落ち、山奥にある彼女の家を訪ねる。しかし、20歳年上で既婚者でもあるエヴリーヌは「重い関係になりたくない」と、マリオンの熱い求愛に冷や水を浴びせる。落ち込むマリオンのもとに、謎の訪問者の姿が……。

 そして舞台は再びコートジボワールへ。出会い系サイト詐欺を生業とするアフリカ人青年アルマン(ギイ・ロジェ“ビビーゼ”ンドゥリン)は、フランス人のカモを見つけ、高名な黒魔術師の助けも借りて一攫千金を実現。その金を元手に、別れた妻子との仲を取り戻そうとする。しかし、遠方の地で発生した奇妙な偶然は、思いもよらぬ凶行を招くことに……。

エヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、左)とマリオン(ナディア・テレスキウィッツ、右)のカップル

熟達のスタッフ×実力派中堅とフレッシュな顔ぶれのアンサンブル・キャスト

 このように、文章でストーリーを「面白く」説明するのが非常に難しい作品だが、観ている間は難解さも退屈さも一切感じさせない。澱みなく平易な語り口で、各エピソードの主要人物を2人ないし3人に絞り、それぞれの物語がミステリアスに結びつきながらシンプルかつ快調に進む。『ハリー、見知らぬ友人』(2000年)で注目されたドミニク・モル監督が、コラン・ニエルの原作を得て久々にスリラージャンルに帰還した本作では、その熟達した演出手腕を存分に堪能できる。

 共同脚本のジル・マルシャンは『ハリー、見知らぬ友人』や『レミング』(2005年)などでもモル監督と組んでいる名パートナー。セバスチアン・ジャプリゾの傑作小説『新車のなかの女』の脚色に挑戦した『アナザー』(2015年)での仕事ぶりも印象深い、これまたスリラーの名手である。

 そんな二人の作劇スタイルは、クロード・シャブロルやアルフレッド・ヒッチコックといった偉大なる先達の衣鉢を継ぐかのように、戦慄と黒い笑いのバランスが絶妙だ。適度に抑制を利かせてこそ際立つ作り手の性格の悪さが、作品を豊かにしている好例である(あくまで作家性の話であって、人間性についての話ではない。念のため)。

 吹雪の夜の失踪事件、殺された犬、持ち主の消えた車、そして見知らぬ女性の死体……。散りばめられた断片は観る者を画面に食い入らせ、パズルのピースが徐々に奇怪な図像を形作っていくミステリーの醍醐味を与える。そこから浮き彫りになるのは、己のあくなき欲望に翻弄される「人間という動物」の悲喜劇だ。なお、仏題を訳した英題は“Only the animals”。

 その欲望は、少なくとも当人たちにとっては「愛」ともいう。ドミニク・モル監督曰く、これは「非対称の愛」の物語であり、理想の愛のかたちを追い求める人々の想像と行動を描いたドラマだという。その帰結は、なかなかに恐ろしい。

 特に、フランスのマ・ドンソクとでも呼びたい巨漢俳優ドゥニ・メノーシュ演じるミシェルの一途な狂愛っぷりからは目が離せない。インターネット時代の罠に見事なまでに陥る彼の姿には意地悪な笑いを禁じ得ないが、その体躯から溢れ出る猪突猛進な行動力こそがストーリーを動かし、さらには異国の壁さえ物理的に突き破ってしまう。観客を笑わせ、震撼させ、ついには解放感さえ与えてしまう稀有なキャラクターだ。

“フランスのマ・ドンソク”こと巨漢俳優ドゥニ・メノーシュ

 本作はアンサンブル・キャストを楽しむ映画でもある。『ジュリアン』(2017年)で恐ろしいDV男を演じたドゥニ・メノーシェを筆頭に、監督としても活躍する人気女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、『女っ気なし』(2011年)でギヨーム・ブラック監督とともに注目されたロール・カラミー、主人公の新任刑事を熱演した『レ・ミゼラブル』(2019年)も記憶に新しいダミアン・ボナールなど、芸達者たちの妙演を見ているだけで飽きない。

 中堅クラスの実力派だけでなく、フレッシュな顔ぶれも取り入れ新鮮な風を吹き込んでいるところも本作の美点。マリオン役のナディア・テレスキウィッツは、イスラエルを舞台にしたミステリードラマ『ポゼッションズ 血と砂の花嫁』(2020年)にも主演する若手注目株だ。本作では眩しすぎる若さと美しさと生命力、若さゆえに感情を一方的にぶつけてしまう未熟さを併せ持つヒロインを説得力満点に演じ、鮮烈なインパクトを与える(先物買い好きな東京国際映画祭では主演女優賞を獲得)。そして映画後半の主人公のひとり、アルマン役のギイ・ロジェ“ビビーゼ”ンドゥリンもまた、若者の無軌道な危うさと純真さを体現する、秀逸な演技を見せてくれる。同じくコートジボワール出身の若手女優、マリー・ヴィクトワール・アミの蠱惑的存在感も忘れ難い。

 アリスやミシェルたちが暮らす真冬の田園風景とは対照的に、すっかり資本主義的退廃に染まったアフリカ都市部の「現代」を描くくだりも面白い。パソコンとネット回線さえあればどこにでも発生する詐欺グループ、歌舞伎町と見紛うクラブでのパーティー、ホテル住まいの黒魔術師といった描写には新鮮さと、奇妙な既視感がある。資本とテクノロジーがもたらす都会の悪徳は、人間という種が作り出す「巣」の一形態なのかもしれない。

 ブラックユーモア溢れる生態観察として楽しく眺めることも可能だが、自分もそんな「動物」の一員なのだと考えると、だんだん肝が冷えてくる。登場するそれぞれの動物、もといキャラクターたちに「自分はどのタイプか」と脳内で当てはめながら観るのも楽しいだろう。ただし、くれぐれも結末から逆算して「助かるほう」を選ぶようなズルはしないように……。

後半の主人公のひとり、アルマン(ギイ・ロジェ“ビビーゼ”ンドゥリン)

Profile : 岡本敦史
ライター・編集者。主な参加書籍に『塚本晋也「野火」全記録』(洋泉社)、『パラサイト 半地下の家族 公式完全読本』(太田出版)など。劇場用パンフレット、DVD・Blu-rayのブックレット等にも執筆。

© Jean-Claude Lother
© 2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n°150 076
© HautetCourt

紹介作品は動画配信サービス「スターチャンネルEX」で配信中

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