新着

あの時代だからこそ存在し得た珍味”フランス製ハンバーガー”、『パリは霧にぬれて』略して『パリ霧』(文/清藤秀人)

解説記事 編集部 
あの時代だからこそ存在し得た珍味”フランス製ハンバーガー”、『パリは霧にぬれて』略して『パリ霧』(文/清藤秀人)
 映画雑誌SCREENの1972年2月号では1971年のお正月映画が特集されている。目玉作品を紹介しよう。ショーン・コネリーがボンド役に復帰したシリーズ第7作『007/ダイヤモンドは永遠に』、アラン・ドロン、三船敏郎競演の異色西部劇『レッド・サン』、ブロードウェー・ミュージカルの映画化『屋根の上のバイオリン弾き』、同年秋から大ヒット続映となった青春映画『フレンズ~ポールとミシェル』、ネズミが人間に襲いかかる恐怖映画『ウィラード』、そして、ルネ・クレマンのサスペンス映画『パリは霧にぬれて』だ。今から約半世紀前の日本の洋画市場が、いかにバラエティ豊かで、洋画ファン・フレンドリーだったかを伺わせるラインナップではないか。

 中でも、スター・チャンネルEXの配信リストの中に『パリは霧にぬれて』が組み込まれていることは、1970年代をリアルに知っている世代にとっては懐かしすぎて涙が出る。これは、『禁じられた遊び』(52)でアカデミー賞名誉賞(後の国際長編映画賞)とヴェネチア国際映画賞の金獅子賞を受賞し、その後も『太陽がいっぱい』(60)でアラン・ドロンを世界に送り出した名匠、ルネ・クレマンが、短いスランプの後、ゴールデングローブ賞の外国語映画賞に輝いた『雨の訪問者』(70)の直後に放った話題作。当時、サスペンスに傾倒していたクレマンが、『雨~』のチャールズ・ブロンソンに続いてハリウッドスターのフェイ・ダナウェイを主役に迎え入れた、言わば”多国籍映画だ。そのせいか、当時のレビューには『フランス製ハンバーガーのような味わい』というフレーズが躍っていたのを思い出す。
 但し、ブロンソンが当たり役となったハリー・ドブスを演じる際、フランス語の台詞を全て耳で覚え、彼の唇の動きを実際の台詞と一致させることで、当時の多国籍キャストのヨーロッパ映画にありがちな、同期しない唇の違和感を払拭したのに対し(フランス語の吹き替えはジョン・ベリーが担当)、『パリ霧』(亡き小森和子氏はそう略していた)の言語は英語。従って、ダナウェイも夫役のフランク・ランジェラも、2人の可愛い子供たちも、一家の隣人に扮するバーバラ・パーキンスも、そして、謎の組織のボスを演じるフランス人俳優、モーリス・ロネでさえ、台詞は全て英語である。この微妙な違和感が、実は映画の魅力にもなっているのだけれど。

 ダナウェイ扮するジルは、電子工学のスペシャリストである夫、フィリップと共に、アメリカからパリに移住してから2年。だが、家族が住むアパートは今も引っ越して来た直後のように散らかっているし、家族の日常会話は英語のみ。階下に住む唯一の友人、シンシアもアメリカ人だから、いかに一家がパリに馴染んでいないかが分かる。ジルとフィリップの夫婦関係も微妙にギクシャクしていて、ジルは夫に体を求められても応じる気になれない。最近、彼女は睡眠薬に頼る夜が多く、同じ服を2度買ってみたり、借りた傘を返さなかったり、果ては、交通事故を起こして子供を命に危険に晒してしまう。そうして、ますます不安と虚脱感に苛まれていくジル。やがて、決定的な事件が起きる。外出中に自らの不注意から子供たちが行方不明になってしまったのだ。しかし、それらは本当にジルの精神状態に起因するものなのか?クレマンは謎の手がかりをあちこちに配置して、ジルの身に起きる様々な出来事の背後に何らかの作意が働いていることを暗示して行く。
 ジルの不安な日々を的確に表現しているのが、冒頭のタイトルバックだ。実は、この最初の4分間が『パリ霧』最大の見せ場だと言いってもいい。いつものように、どこか朦朧とした表情で4歳になる息子、パトリックの手を引き、岸辺に停泊中の砂利運搬船に乗って、サンマルタン運河を運ばれていくジルは、途中で見たこともない風景と出会う。セーヌ川から運河に入ったところで船はトンネルに入り、突然暗闇に支配されたかと思うと、時々頭上に空いた穴から差す光がジルの目を眩惑させる。長いトンネルを抜けると、やがて、その先には船に出口を与えるように、水飛沫を上げながらゆっくりと口を開ける水門が見える。そのあまりにも美しい風景に見惚れ、デッキを駆け巡るパトリックが恐らく船長の妻であろう女性に抱き上げられるのにも気づかず、いつしか眠りに落ちてしまうジル。彼女がふと目覚めると、船はより狭い運河に挟まれるようにして、次の水門が開くのを待っていた。

 このタイトルシーンは公開時、地元のパリでも話題になり、『パリに住む我々も知らないような素晴らしいパリの風景がとても魅力的。これは新しい発見だ』(フランス・ソワール紙)と評された程だ。霧が立ち込めるパリの風景を最大限のソフトフォーカスでカメラに収めたのは、『雨の訪問者』に続いてクレマンとコラボした撮影監督、アンドレア・ウィンディング。物語のベースになっているアーサー・カバノーの原作名は『The Children Are Gone』は劇中で起きる事件をそのまま表現したもので、映画のフランス語タイトルは『La Maison Sous Les Arbres(木の下の家)』で、これは映画を最後まで見ればよく分かると思うし、英語タイトルは何の工夫もなく『The Deadly Trap(死の罠)』だ。こう並べてみると、日本公開タイトルの『パリは霧にぬれて』、略して『パリ霧』がいかに秀逸だったかを痛感する。配給元の東宝東和に技アリを進呈したい。
 もう1人、映画を支えた立役者がいる。音楽を担当したジルベール・ベコーだ。スマッシュヒット”ナタリー”や”そして今は”で知られるフランス音楽界のレジェンドは、前記のオープニングから切ないメロディを提供していて、音が咽び泣くの極地だ。その物悲しい旋律がヒロイン、ジルの心理とリンクしていて、心に染み渡るものがある。エディット・ピアフに見出されて歌手デビューし、俳優でもあったベコーにとって、映画音楽としては最後の作品になったのが、この『パリ霧』。
クレマンの前作『雨の訪問者』のテーマは希代のメロディメーカー、フランシス・レイが担当し、日本でも大ヒットしたが、こちらも聴くと即場面が思い浮かぶという意味で、優れた映画音楽ではないかと思う。

 名匠、ルネ・クレマンの多国籍のキャスティングが、異国に住む外国人の不安を巧みに表現し、それを1970年代の代表する人気女優、フェイ・ダナウェイと、当時売り出し中の演技派、フランク・ランジェラが請け負い、見たこともないようなパリの風景と耳に染み入るメロディが渾然一体とって、1971年の日本のクリスマス映画で一際異彩を放った『パリ霧』。あの時代だからこそ存在し得た珍味”フランス製ハンバーガー”を、この機会にもう一度!!
Profile : 清藤秀人
アパレル業界から転身。自他共に認めるオードリー・マニア。現在、eiga.com、CINEMORE、デジタルTVガイド等にレビューを執筆中。テレビ、ラジオにも時々。

©︎ 1971 STUDIOCANAL - KG Productions - Oceania Produzioni Internazionali Cinematografiche S.R.L.

紹介作品は動画配信サービス「スターチャンネルEX」にて配信中!

この記事をシェアする

関連する記事

注目のキーワード

バックナンバー