堕ちた巨星の傑作に我々はどう向き合うべきか。『シャンドライの恋』(文/村山章)

解説記事 編集部 
堕ちた巨星の傑作に我々はどう向き合うべきか。『シャンドライの恋』(文/村山章)
イタリアが誇る巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ。その偉大なキャリアは晩年地に落ちた。最後は汚名とともに“堕ちた巨星”として世を去ることになったベルトルッチの罪とは?そして彼の“前科”となったある作品と対を成す『シャンドライの恋』を、遺された今の我々はどう位置づけたらいいのか?

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  1. 堕ちた巨星・ベルトルッチの罪と罰
  2. 『ラスト・タンゴ~』と対を成す『シャンドライの恋』

堕ちた巨星・ベルトルッチの罪と罰

 ベルナルド・ベルトルッチを、ある世代以上の人なら“イタリアを代表する巨匠”として記憶しているだろう。天才撮影監督ヴィットリオ・ストラーロと組み、60年代から70年代にかけて人間の愚かさや矛盾を圧倒的な映像であぶり出した名監督。また6時間超の『1900年』(76)や中国清朝の最後を描いた『ラスト・エンペラー』(87)といった超大作のイメージも強烈に残っている。

 しかし、その偉大なキャリアは晩年においてほとんど地に落ちた。というのも、大胆な性愛描写が伝説化した『ラスト・タンゴ・イン・パリ』(72)の主演女優マリア・シュナイダーに対し、あるシーンでレイプに等しい演出をしたことが#MeToo運動の流れの中で改めて取り沙汰され、激しい非難の対象となったのだ。すでにシュナイダーは他界しており、故人には反論できない状況下で、自らの過去発言を翻すような弁明を行ったこともさらに評判を落とす結果になった。

 この辺りの経緯は、マリア・シュナイダーの従姉妹でもあるジャーナリスト、ヴァネッサ・シュナイダーが執筆した伝記エッセイ『あなたの名はマリア・シュナイダー 「悲劇の女優」の素顔』(早川書房刊)にまとめられている。ここで微に入り細に入り取り上げることはしないが、今の時代にベルトルッチという映画作家を語る際に、『ラスト・タンゴ~』にまつわる論争を完全に切り離すことは難しい。いずれにせよ、ベルトルッチの生涯は、世界的名声の階段を駆け上がり、最後は汚名とともに“堕ちた巨星”として世を去ることになった。

 筆者個人は、『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のマリア・シュナイダーにまつわるベルトルッチの態度や発言には嫌悪感すら抱いている。ベルトルッチは、女性の尊厳をないがしろにしたことへの反省や悔悛を述べるのではなく、あくまでも芸術至上主義を標榜することで自己を正当化し続けたからだ。

 ただ、60~70年代に全盛期を迎えたベルトルッチが人間よりも芸術(と信じたもの)を優先したことを、現代の基準で一方的に責める気はない。ベルトルッチは強権的な映画監督が他者を犠牲にしてビジョンを追求することが許容された時代を生き、いくつもの傑作を生み出した。シュナイダーが生涯ベルトルッチを許さなかったように、彼がやったことは70年代においても許されるものではなかったが、「許されざるものに踏み込むことが芸術である」と信じる歪んだ時代があったのだ。これはベルトルッチ1人を燃やせば済む問題ではなく、その後、長い時間を経て“芸術”の認識が変わったことは(多くの犠牲を伴ってしまったが)現代を生きる者として喜ぶべきだと考えている。

『ラスト・タンゴ~』と対を成す『シャンドライの恋』

 前置きが長くなった。しかしベルトルッチが1998年に発表した名作『シャンドライの恋』を語るには、『ラスト・タンゴ~』の一件を素通りすることができない。なぜならベルトルッチ自身が、本作を『ラスト・タンゴ~』と対のように並べて語っていたからだ。

 ベルトルッチにとって『シャンドライの恋』は、1970年代に探求した破滅的な性愛とはまた異なる形で、“外界から隔絶された男女の官能”を描く挑戦だった。そして本作は間違いなくベルトルッチの転機となり、57歳にして新風を吹かせられる映画作家だと証明した作品でもあった。

 1993年の『リトル・ブッダ』を最後に、ベルトルッチは肥大化していた大作路線に別れを告げ、盟友ヴィットリオ・ストラーロとのタッグも解消した。そして、ウォン・カーウァイやハーモニー・コリンといった新世代の映画作家たちに大いに刺激を受け、自らも新しい映画作りを志向していた。そんな時に出会ったのが、妻で映画作家のクレア・ペプローから渡されたジェイムズ・ラスダンの短編小説「The Siege」だった。

 小説も映画版と物語の骨子は変わらない。ある屋敷で住み込みで働く政治難民の女性マリエッタが、ある日突然、家主の音楽家キンスキーから愛を告白される。祖国に投獄中の夫がいるマリエッタは即座に拒絶するが、ふたりの暮らしは前と変わらず何事もなかったように過ぎていく。ところがマリエッタは次第に、キンスキーが自分のために無償の愛を捧げようとしていることに気づくのだ。

 ベルトルッチはこの小説に惹かれ、ペプローと脚本を執筆する。ペプローはベルトルッチの『ルナ』(79)にも脚本家として参加しているが、今回はベルトルッチの言を借りるなら「まるでピアノの連弾のように」共同作業を行った。もともとペプロー自身が映画化を模索していた時期もあり、実質的にベルトルッチとペプローの共同脚本、共同監督のような形で進められたという。舞台はロンドンからローマに、南米からの移民だったマリエッタは、アフリカから内戦を逃れてきたシャンドライという女性に変わった。

 ベルトルッチの狙いは、これまでの大規模な撮影から離れて低予算で小品を作り上げることだった。巨匠という鎧を捨ててキャリアの出発点に立ち返るというだけでなく、映画史そのものの出発点にも立ち返ろうとした。実際『シャンドライの恋』は極端なほどセリフが少なく、とりわけ序盤は音楽や効果音だけを使い、言葉にほとんど頼ることがない。ベルトルッチは無声映画の表現に寄せることで、映画作りそのものを一度リセットしようとしたのである。
 主演に選ばれたのは、ジンバブエ王族の血を引く母親と英国人の父の間に生まれたタンディウェイ・ニュートン(サンディ、タンディの表記が多いが、今年の4月に本名の表記と発音に戻すことを本人が表明した)。そしてベルトルッチがマイク・リー監督作『ネイキッド』(93)で着目したデイヴィッド・シューリス。屋敷という限定空間でふたりの佇まいや揺れ動く距離感を表した映像美が素晴らしいのだが、以前のベルトルッチ作品にあった重厚さとは趣きが違っている。

 それまでベルトルッチは一日に4、5カットのペースで撮影していたが、本作では毎日20~30カットをこなしたという。確かに本作には、その場その瞬間でしかつかめないような生々しい躍動感がある。とはいえベルトルッチ自身も探り探りだったのだろう。当初は60分程度のテレビ作品にする予定だったのだが、ニュートンとシューリスの名演や毎日撮り上がっていく映像に手応えを感じ、最終的には94分の長編映画として発表された。

 この映画がフィルムに定着させた儚さと美しさを説明するのは難しい。一片の詩のようにしつらえられた映画と観客の間に生まれる親密さについて、言葉を弄することが無粋に感じてしまうからだ。しかしそれでは記事として無責任というもの。ここはベルトルッチ自身が形容した「室内楽のような」という表現を紹介して、本作の雰囲気を端的に伝えたい。実際、劇中の音楽がなによりも雄弁に語る作品でもある。

 そして特筆しておきたいのは、この映画でベルトルッチが、明らかに人間の善性を信じようとしていたこと。暗い反抗心や皮肉めいた達観、人間の愚かしさを見つめる無常観ではなく、これほど真正面から“純愛”を肯定的に描いた作品はベルトルッチのキャリアにおいても稀有だし、映画史に残すべき最高の純愛映画の一本だと思っている。その意味で本作は、『ラスト・タンゴ~』のニヒリズムとは真逆の作品なのだ。少なくともこの時のベルトルッチは、女性という他者を尊重し、理解しようとし、異文化と融和する理想を掲げて実践しようとしている。

 ベルトルッチの映画人生は、今後も『暗殺の森』(70)や『ラスト・タンゴ・イン・パリ』、『ラスト・エンペラー』を引き合いにして語られていくだろう。そして『ラスト・タンゴ~』の汚名が付きまとい、未来の映画ファンに困惑と失望を与え続けるはずだ。しかし50年のキャリアの終盤になって『シャンドライの恋』を撮った監督である――という事実は忘れずにいたい。どうかこの映画が“ベルトルッチ”という先入観だけで判断されず、願わくは観る人の心に届いて欲しいと願っている。
Profile : 村山章
映画ライター。配信系の映画やドラマをレビューする「ShortCuts」では代表を務める。ラジオ、テレビ出演、自主配給など、映画にまつわる諸分野で活動中。
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