敗れゆく者の視点で戦争の不条理を焼きつけた『炎の戦線 エル・アラメイン』(文/高橋諭治)

解説記事 編集部 
敗れゆく者の視点で戦争の不条理を焼きつけた『炎の戦線 エル・アラメイン』(文/高橋諭治)
スペクタクルなし、過酷な砂漠での悲惨な負け戦を描き、そこに人間臭いキャラクターを投入。アカデミー賞外国語映画賞に輝いたイタリア戦争映画の秀作。

目次[非表示]

  1. アカデミー賞外国語映画賞に輝いたスペクタクルなき戦争映画
  2. 北アフリカ戦線後期のあまりにも悲惨な砂漠の戦い
  3. 映画に深みを与える人間臭いキャラクター描写

アカデミー賞外国語映画賞に輝いたスペクタクルなき戦争映画

 戦争映画には途方もない物量を投じたスペクタクルが付きものだが、なぜか“戦闘シーンがない”戦争映画も存在する。アカデミー賞外国語映画賞を受賞したイタリア映画『エーゲ海の天使』(1991)が、まさにそうだった。

『マラケシュ・エクスプレス』(1988)、『ぼくは怖くない』(2003)などで知られるガブリエル・サルヴァトレス監督が手がけた『エーゲ海の天使』は、第二次世界大戦中にエーゲ海の小さな島を守るため、現地に赴いたイタリア人兵士8人の姿を描いたもの。そのミッションにはいかなる苦難が待ち受けているのかと思いきや、彼らが上陸した島はどこまでも平和で美しく、敵はさっぱりやってこない。やがて8人は島のあちこちに身を隠していた老若男女さまざまな住民たちと心を通わせ、任務そっちのけでののどかなパラダイス生活を満喫していく。イタリア映画らしいおおらかな喜劇仕立てで、戦争という恐ろしい狂気から“逃避する”ことを肯定的に表現したユニークな戦争映画だった。

 そんな『エーゲ海の天使』に優れた脚本を提供したエンツォ・モンテレーネが監督を務めた『炎の戦線 エル・アラメイン』(2002)は、いかにも勇ましげな題名が付いているが、これまたスペクタクルな戦闘シーンがない戦争映画である。いや、正確には“交戦シーンがない”と書くべきだろう。本作に登場するイタリア軍の中隊は、戦場で対峙する英国軍に押されっぱなしで、反撃さえできずにひたすら耐えるのみなのだ。『エーゲ海の天使』の牧歌的なムードから一変、敗れゆく者たちの視点で戦争の不条理をあぶり出し、イタリアのアカデミー賞と呼ばれるダヴィド・ディ・ドナテッロ賞で3部門(撮影賞、編集賞、音響賞)を受賞した秀作である。

北アフリカ戦線後期のあまりにも悲惨な砂漠の戦い

 物語は1942年10月、エジプトの砂漠地帯エル・アラメインの南部で英国軍とにらみ合っているイタリア軍パヴィア師団の陣地に、セッラという新兵が着任するところから始まる。パレルモ出身の大学生であるセッラは、純粋な愛国心に駆られて志願し、自軍が英国軍を一掃する手助けをするつもりでやってきた。ところが実際に到着してみると、陣地の様子がおかしい。冷静沈着なフィオーレ中尉が率いる中隊はケガ人だらけで、戦意旺盛どころか暗く沈痛な雰囲気が漂っている。そしてリッツォ軍曹のもとに配属されたセッラは、出発前には想像さえしていなかった戦争の現実を目の当たりにすることに……。

 ご存じの通り、第二次世界大戦中には連合軍VS枢軸国軍の優劣を大きく左右するターニングポイントとなった戦いがいくつかあったが、本作は北アフリカ戦線の後期における重大局面“エル・アラメインの戦い”を背景にしている。北アフリカ戦線と言えば、すぐさま“砂漠の狐”の異名で鳴らしたドイツ陸軍元帥エルヴィン・ロンメルを想起する人は少なくないだろう。北アフリカで幾多の戦功をあげ、時の英国首相ウィンストン・チャーチルに「ナポレオン以来の戦術家」と言わしめたドイツ軍の名将である。連合軍を苦しめたその軍暦は、ヘンリー・ハサウェイ監督、ジェームズ・メイスン主演の伝記映画『砂漠の鬼将軍』(1951)を始め、『砂漠の鼠』(1953)、『パットン大戦車軍団』(1970)、『ロンメル軍団を叩け』(70)などで描かれた。

 しかし無敵を誇ったロンメル将軍の威光も、1942年6月のトブルク陥落以降は陰りを見せていく。『炎の戦線 エル・アラメイン』が描くのは、トブルク陥落から約4ヵ月後の攻防だ。主人公セッラが着任したパヴィア師団は、戦力で圧倒的に勝る英国軍の断続的な砲撃にさらされ、兵士たちはひとりまたひとりと命を落としていく。

 苦境に陥ったイタリア軍の頼みの綱はやはりロンメルの存在だが、本作にロンメルは登場せず、セリフで一度言及されるだけだ。史実によればこの時期、戦況の悪化とともに体調不良に見舞われたロンメルはドイツに一時帰国し、療養を余儀なくされていた。しかも東部戦線でソ連相手に壮絶なスターリングラード攻防戦を繰り広げているドイツは、そちらに膨大な戦力を投入せざるをえず、同盟関係を結ぶイタリア軍を援助するどころではない。こうしたおおまかな背景を押さえておくと、イタリア軍の視点に立ったエル・アラメインの戦いが、いかに絶望的なものだったかわかるだろう。

 映画のビジュアルからも戦況の絶望感がひしひしと伝わってくる。セッラを含むパヴィア師団の兵士たちは、はてしなく広大な砂漠に塹壕を築いているのだが、昼間は太陽光が容赦なく照りつけ、大地が乾ききった過酷な自然環境が彼らを心身共に疲弊させていく。陣地から1000キロも離れたリビアから運ばれてくる水、食料、弾薬といった補給物資は乏しく、交替の人員もやってこない。おまけに兵士たちは、英国軍の迫撃砲や狙撃に加え、陣内に蔓延した赤痢やサソリにも苦しめられていくのだ。英国軍を蹴散らしてアレクサンドリアに進撃するはずだったイタリア軍のモチベーションは、映画の冒頭時点ですでに消え失せており、兵士のひとりがつぶやく「俺たちはこの4ヵ月、1メートルも進んでいない」というセリフが彼らの虚無感を象徴している。

映画に深みを与える人間臭いキャラクター描写

 と、ここまでは本作がいかに戦場の悲惨さをリアルに描いているかを記してきたが、観る者をそれ以上に引きつけるのが細やかなキャラクター描写である。『エーゲ海の天使』でも登場人物たちをとことん人間臭く、魅力的に描いていたモンテレーネは、監督、脚本を兼任したこの映画でもその志向を貫いている。

 例えば、セッラの直属の上司であるリッツォはいかにも叩き上げといった風情のコワモテ曹長として画面に登場するが、実は人情味あふれる人物だ。とりわけ若く体力があるセッラを遠方への偵察任務に連れ出し、連合軍の捕虜になりながらも脱走した過去、故郷に残してきた家族について語るエピソードが味わい深い。

 リッツォに扮したピエルフランチェスコ・ファヴィーノは、巨匠マルコ・ベロッキオの近作である実録マフィア映画『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019)で主人公トンマーゾ・ブシェッタを濃厚な存在感たっぷりに演じていた現代イタリアのスター俳優だ。本作では、そんなファヴィーノのキャリア初期における若き日の姿を拝むことができる。

ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ

 やがて映画が後半にさしかかると、セッラやリッツォ曹長らの奮闘によって持ちこたえていたパヴィア師団は、英国軍の満を持しての総攻撃にさらされ、為す術もなく敗走するはめになる。しかし物語は、ここでは終わらない。からくも生き残った兵士たちが、ゾンビのように砂漠を歩き続ける“退却”の残酷さがまざまざと映し出される。

 劇中のリッツォのセリフによれば「人生には3回の奇跡が起こる」という。セッラは着任当日に飛んできた迫撃砲の直撃を逃れ、のちの地雷原のシーンでは地雷を踏みながらここでも難を逃れた。すでに2回の奇跡を経験したセッラには、はたしてラストシーンまで生き延びる“運”が残されているのだろうか。その痛切なる行く末を見届け、エンディングの深い余韻を噛みしめたい。

@CATTLEYA 2002

Profile : 高橋諭治
純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。「毎日新聞」「映画.com」などに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。

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