『ローガン・ラッキー』、それは田舎版『オーシャンズ11』(文/村山章)

記事コンテンツ 編集部 
『ローガン・ラッキー』、それは田舎版『オーシャンズ11』(文/村山章)
素性不明の脚本家のシナリオを発掘した天才ソダーバーグが、映画監督業引退を撤回してまで作ったのは、『オーシャンズ11』の田舎版とでも言うべき肩肘張らないライトな娯楽作だった。そして映画制作の舞台裏でも、映画と同じくらい興味深い嘘とトリックが展開されていたのだった。謎の脚本家の正体とは?

目次[非表示]

  1. ■天才監督が引退宣言を撤回した復帰作
  2. ■田舎番『オーシャンズ11』と呼びたい犯罪コメディ
  3. ■謎の新人脚本家の正体は?

■天才監督が引退宣言を撤回した復帰作

 2013年、スティーヴン・ソダーバーグは映画界に別れを告げた。マイケル・ダグラスとマット・デイモンが同性愛カップルに扮した『恋するリベラーチェ』(13)を、四半世紀に及ぶ映画監督のキャリアの幕引きにするつもりでいた。しかし同作はアメリカでは配給会社を見つけられず、テレビの単発ドラマとして放送された(日本を含む国外では劇場公開された)。結果、その前に作ったスリラー『サイド・エフェクト』(13)が映画監督としての引退作になった。少なくとも2017年までは。

 イギリスの巨匠ケン・ローチをはじめ、引退宣言をする映画監督は少なからずいる。現在進行形の例では、クエンティン・タランティーノがかねてから「10本で引退する」と公言しており、『キル・ビル』二部作をひとつに数えると次が10本目となるため、その去就が注目されている。しかし個人的な所感を述べるなら、映画監督、プロレスラー、ミュージシャンの引退宣言は大抵が撤回されるもの。話半ばで聞き流しておくくらいがちょうどいい。

 映画界から身を引くにあたってソダーバーグは「しばらく休みたい」とコメントしたが、蓋を開けてみればまったく休む様子はなかった。20世紀初頭のニューヨークを舞台にした医療ドラマ『ザ・ニック』の全エピソードで監督と撮影を務め、いくつものドラマシリーズを企画し、プロデューサーとして関わった。チャニング・テイタムが男性ストリッパーを演じた『マジック・マイク』(12)の続編『マジック・マイクXXL』(15)では、監督の椅子を右腕的存在のグレゴリー・ジェイコブズに譲ったものの、撮影監督、編集、製作総指揮として大活躍。これで業界から足を洗ったと言われても笑うしかない。

 とはいえソダーバーグも、自称“引退”期間中に長編映画の監督はしていない。そもそも映画監督を辞めたいと言い出したのは、スター俳優を使った大ヒット作を要求する大手スタジオとの交渉や、自分ではコントロールできないバジェット管理の不透明さに嫌気がさしたからだった。生来ワーカホリックなソダーバーグは、より挑戦的な企画が許される場を求めて、当時躍進が目覚ましかったテレビドラマに軸足を移したに過ぎなかった。

 そんなソダーバーグについに映画復帰を決意させた作品が、2017年の『ローガン・ラッキー』だった。ソダーバーグは新しいビジネスモデルとして、大手スタジオの力を借りずに製作費を集め、自らの配給会社を設立するプランを練っていた。そんなタイミングで手にしたのが、レベッカ・ブラントという無名の女性が執筆した『ローガン・ラッキー』のシナリオだった。

スティーヴン・ソダーバーグ監督

■田舎番『オーシャンズ11』と呼びたい犯罪コメディ

 ソダーバーグが引退を口走った理由を考えると、映画監督業を再開するのなら、過去作に輪をかけて先鋭的かつ実験的な内容になるだろうというのが順当な予測だった。ところが『ローガン・ラッキー』は、ソダーバーグのフィルモグラフィでもトップ3に入るほどの大衆性のあるエンタメ作となった。しかもレーシング場の大金庫から売上金を盗み出そうとするケイパーコメディという点で、自身の大ヒット作『オーシャンズ11』(01)と完全に被っている。

 『ローガン・ラッキー』を復帰作に選ぶこと自体、ソダーバーグな独特な作家性を象徴している。ソダーバーグの関心は常に、客層を選ぶコアでエッジな映画を作るのではなく、自分を含めた映画ファンに新しい刺激を与えることにあった。しかも従来のジャンルを壊すのではなく、リスペクトし、可能性を広げる形で。映画監督業を再開するにあたって肩肘張らないライトな娯楽作を選んだことは、巨匠やアート監督と見做される堅苦しさへの抵抗でもあったのかも知れない。

 そしてソダーバーグが『ローガン・ラッキー』で監督復帰する決意をする経緯は、もうひとつの興味深い背景がある。脚本を執筆したレベッカ・ブラントという人物との関わりである。

 『ローガン・ラッキー』という作品を、ソダーバーグは「『オーシャンズ11』の地味バージョン」と説明している。これは決してスケールダウンしたという話ではなく、「田舎者バージョン」と言い換えることも可能だろう。物語の舞台はウエストバージニア州(と隣接するノースカロライナ州)で、主人公のジミー・ローガン(チャニング・テイタム)は建設業の肉体労働者。ところが過去の怪我を理由に解雇されてしまう。ジミーは戦争で片腕を失った退役軍人の弟クライド(アダム・ドライバー)や、獄中にいる凄腕の金庫破りジミー・バング(ダニエル・クレイグ)を誘って、起死回生の金庫破りを企てる。

 登場人物が地方のワーキングクラスであることが、この映画では大事な肝となっている。彼らには『オーシャンズ11』のメンバーのような専門的なスキルもなければ、計画のための準備金もない。ジミーだけは金庫破りで服役しているが、それも地元で知られたワルという程度の悪党だ。そんなないない尽くしの連中が人生の苦境やせちがらい世相をはねのけるために、創意と工夫を凝らして「誰も傷つけない強奪計画」にチャレンジするのである。

 本作で脚本家デビューを果たしたレベッカ・ブラントは、物語の舞台であるウエストバージニア州の出身だという。『ローガン・ラッキー』では田舎ならではの空気感、血縁の濃密さや人間関係の近さが、クールでスマートな『オーシャンズ11』とは真逆のテイストに繋がっている。強奪計画そのものよりも、のどかなテンポで描かれるローカルな空気感こそが、実は作品のメインディッシュという気がしてくる。

 登場人物の大半は、人生はトラブル続きでも、どこか楽観的で、地元が大好きで、人生を楽しんでいる。そんな風土を描いたご当地映画に仕上がったのは、ウエストバージニアをよく知るブラントの功績が大きいのではないだろうか。

チャニング・テイタム(左)、アダム・ドライバー(右)

ダニエル・クレイグ

■謎の新人脚本家の正体は?

 と、ここまで書いておいてちゃぶ台をひっくり返すようだが、実はレベッカ・ブラントなる脚本家は実在しない。公式発表では、ブラントはソダーバーグの妻ジュールス・アズナーの友人で、初めて執筆した映画脚本について相談に乗ってほしいと、アズナーを通じてソダーバーグにアプローチしたことになっている。

 ソダーバーグは、いい脚本であれば他の監督を紹介しようと思って読み始めたものの、自分が監督したい気持ちを抑えられなくなり、復帰作にしたいと申し出たという。Blu-rayの特典映像のインタビューでは、「妻に脚本を渡せば読んでもらえるという先例になってしまうと困る」と冗談混じりに語っていた。

 ところが、全米公開の前に「レベッカ・ブラントは何者か?」と映画メディアで話題になった。新人脚本家という触れ込みのブラントだが、さっぱりその正体がつかめない。実はソダーバーグやジュールス・アズナーの変名ではないか、というのだ。ソダーバーグは「レベッカ・ブラントは別の仕事で忙しく、映画のプロモーションには関わらない」とコメントして、憶測に拍車をかけていた。ところがエンタメ情報サイトのThe Playlistが、『ローガン・ラッキー』はアズナーの単独脚本であることをすっぱ抜いたのだ。

 モデル、TVタレント、作家など多彩に活躍してきたアズナーは、ノンクレジットで『マジック・マイク』(12)のリライトに関わったとも言われている。アズナー自身はウエストバージニアではなくアリゾナ州の出身だが、ウエストバージニアには親族がいて当地の文化には馴染みがあった。匿名にした理由は、ソダーバーグが新しい興行形態に挑戦するにあたって「復帰作で妻の脚本を映画化!」という情報が余計だと思ったからだった。

 ソダーバーグはチャニング・テイタムに主演を依頼する際に、「ジミー・ローガンはラマバマ生まれのテイタムが、映画スターになることなく地元にとどまったバージョンだと思って欲しい」と伝えている。テイタムのバックグランドがそのままジミーというキャラクターに当てはまると考えたのだ。

 アズナーは西部(アリゾナ)、テイタムは南部(アラバマやフロリダ)、ジミー・ローガンは東部(ウエストバージニア)とそれぞれに離れているが、地方の暮らしや空気を生で知って育ったことは共通している。洗練されたイメージがあるソダーバーグも、南部や東部の地方都市で育った。多少乱暴な括り方かも知れないが、都会的なスマートさとは別ベクトルを目指した『ローガン・ラッキー』のスピリットを描くために、まさにベストな布陣が集まったと言えるのではないだろうか。
Profile : 村山章
映画ライター。配信系の映画やドラマをレビューする「ShortCuts」では代表を務める。ラジオ、テレビ出演、自主配給など、映画にまつわる諸分野で活動中。
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