隠されていた人種差別政策の真実を描いた第5話『エデュケーション』に関する『スモール・アックス』プロダクションノート

解説記事 スターチャンネルEX 編集部
隠されていた人種差別政策の真実を描いた第5話『エデュケーション』に関する『スモール・アックス』プロダクションノート
『スモール・アックス』各話の製作背景が綴られたプロダクションノートを公開。本記事では第5話『エデュケーション』について、実際に何が起きていたのかを踏まえ、製作の裏側に迫ります。

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  1. 流出した、カリブ系児童に関する“ドルトン報告書
  2. 監督の実体験に基づくストーリー
  3. 製作の背景

流出した、カリブ系児童に関する“ドルトン報告書

 『スモール・アックス』シリーズの製作総指揮を務めたトレイシー・スコフィールドは本作について、「この作品は、1971年にロンドンのハーリンゲイ地区で起きた注目すべき出来事の数々を題材にしています」と説明している。

 「その当時、イギリスの小学校では知能検査が一般的に実施されていました。検査の結果に基づき、カリブ系児童は学力が遅滞していると結論づけた報告書が提出されたことから、地方教育委員会はその報告書に沿って行動を起こすことにしたのです」。ハイゲート・スクールの校長だったアルフレッド・ドルトン氏が1969年に作成した報告書は、外部に流出したことによってカリブ系市民のコミュニティにその内容を知られるようになった。

 “ドルトン報告書“には「全般的にカリブ系児童の知能指数は同世代のイギリス人児童のそれを下回っており、今後は11校中7校において移民児童の約半数をカリブ系が占めることになるとの見込みはそれゆえに重大な意味を有する。カリブ系児童が多数を占める場合、その学校の教育水準は低いものとなるであろう」という一節が含まれ、児童をそれぞれの学力に応じた学校に通わせることが提案されていたため、市民の間で抗議の声が広がった。
 「カリブ系児童の知能指数が低かったのは、イギリスで生まれ育ったわけではない彼らがイギリスの文化を知らなかったことや、彼らにとって英語が第二言語だったことなどが深く関係しています」と、スコフィールドは解説している。

 「これらの要因が考慮されることはなく、多くのカリブ系児童が特別支援学校に送り込まれてしまいました。多くの特別支援学校はグリーン・ベルト(都市部近郊の緑地帯)に配置され、その存在はなかば秘密にされていましたが、そこで知られてはならない事態が進行していることを地方議会は知っていたのです」。

『スモール・アックス』/第5話『エデュケーション』

監督の実体験に基づくストーリー

 本作の企画開発を進めるにあたり、スティーヴ・マックイーン監督は自身の記憶とリサーチを拠りどころとしたという。「イギリスの教育制度のもとで、私は黒人の子どもとして不遇な学校生活を送りました。悲しいことに、そんな経験をしたのは私だけではありません」と、マックイーン監督は語っている。

 「イギリスで特別支援学校が設立され始めたのは1970年代のことですが、今回のリサーチを始めるまで私は特別支援学校というものについて聞いたことがありませんでした。リサーチを進めるうちに、私は特別支援学校のことがなぜ無視されていたのか、その裏事情に気づきました。そして、私は自分自身の経験と原資料を組み合わせて、キングスレー少年の物語を作り上げたのです」。
 「偶然にも、『スモール・アックス』に出演した子どもの母親たちの1人は、かつて私が通った学校の出身者でした。私はあるインタビューで、あの学校は人種差別主義だったと話したことがあるのですが、彼女はそのインタビュー記事を読んでいました。学校で人種差別を受けていた彼女は、自分の子どもたちを自宅で教育していました」と、マックイーン監督は明かしている。
 「この作品で描かれていることは、私にとってひとごとではありません。私はキングスレーと同じような少年時代を過ごしましたし、彼の家族は私自身の家族とよく似ています」と、マックイーン監督は話している。

 「仕事を2つ掛け持ちしている母親と、励ましてくれる姉、朝と夕食前に帰宅した時ぐらいにしか顔を合わせることのない父親。敵意に満ちた思いやりのない環境で教育を受けている子どもたちのために、その親たちが運営している土曜学校に通っていたことも、私とキングスレーの共通点です。

土曜学校は子どもたちの学力強化という、学校がやってくれないことを行う場でした。本作の舞台は1970年代初頭ですが、私が1980年代の教育制度のもとで経験したことと本作の内容には多くの共通点があります。現在の状況はあの頃とはずいぶん違うと言いたいところですが、残念ながらそうではありません。黒人の児童が退学させられる割合は現在も高いし、刃傷沙汰に巻き込まれる黒人の少年も多い。黒人の児童、特に少年たちは、昔と同じように軽視されているし、彼らに対する投資も不足しているのです」。

『スモール・アックス』/第5話『エデュケーション』

製作の背景

 「共同で脚本を執筆して欲しいと私に依頼してきた段階で、マックイーン監督は自分が描きたい物語について、かなり明確な考えをもっていました」と、脚本家のアラスター・シドンズは明かす。「この作品は実質的にはフィクションですが、1970年代のイギリスの教育制度のもとで移民の児童たちが陥っていたひどい状況については事実に基づいて描かれています。それゆえに、『スモール・アックス』のほかの4作品と同様に、本作でも歴史的な事実を正確に描き出すこと、そして当事者の証言を得ることが絶対的に必要でした」。
 アソシエイトプロデューサーのヘレン・バートによると、本作におけるリサーチのプロセスは驚きの連続だったという。「私は1960年代と1970年代に黒人の親たちと活動家のグループの間で大きな懸念を生んだ、胸の痛むような間接的証拠を手に入れました。学力が遅滞しているとして、あの世代の黒人の児童が切り捨てられる原因となった統計や報告書の数々、‟学力遅滞“という言葉、不用意で偏見に満ちた決めつけ、知能検査のデータ、自身の信条を貫く高名な優生学者たちに信頼が寄せられていたことを示す資料など、様々な証拠に実際に触れた時は本当に驚きました」と、バートは話している。

 「子どもの頃に特別支援学校に通っていた人々に会って取材をして、‟頭が悪い“とか‟愚鈍”とか、それよりもっとひどい言葉で呼ばれていたことが今もって彼らに大きな影響を与えていると知ったことによって、これは世の人々に伝えるべき物語だと確信しました。この知られざるイギリスのスキャンダルを明るみに出し、彼らを正当に評価しなければならないと思いましたね」。
 「特別支援学校に通っていたことを今でも恥じていたり、不名誉だと思ったりしている当事者が数多く存在するため、彼らから証言を得るのはかなり難しいことでした」と、脚本家のシドンズは話している。「ヘレンが苦心して集めてくれた驚くべき証言の数々には、完全に圧倒されましたね。彼女は不当にも特別支援学校に送られてしまった人々に取材をして、彼らの証言を得てくれたのです。取材を受けた人たちの中には、そのことについて初めて話した人もいました」。

『スモール・アックス』/第5話『エデュケーション』

 1971年にバーナード・コアードが発表した冊子「How the West Indian Child is made Educationally
Sub-normal in the British School System(英国の学校制度において、西インド諸島系児童の学力が遅延しているとみなされた経緯について)」に触発されたカリブ系の親たちとコミュニティは、1970年代初頭についに行動を起こす。この冊子が発表される4年前にイーノック・パウエル下院議員が悪名高い‟血の川演説“で移民の流入を強く非難したことにより、当時の黒人コミュニティには強い不安が広がっていた。

 そうした状況下で発表されたコアードの冊子は、各地にカリブ系児童向けの土曜学校が誕生するきっかけとなった。土曜学校は補習を目的とする無償の学校で、おもに地元のカリブ系黒人が運営を担っていた。授業は土曜日の朝に行われ、教会の集会所やコミュニティセンターが教室代わりに使われた。
 「教育制度の誤りを正すために辛抱強く闘い続けた黒人の親たちや活動家、そして教師たちに、私は大いに触発されました。彼らは特別支援学校の実態を調査するために覆面教師を送り込んだり、イギリス各地の家庭やコミュニティセンターで土曜学校を開いたりしていました。そうした過去の物語が忘れ去られることは、これを機になくなるでしょう。私はそれを非常に嬉しく思っています」と、シドンズは述べている。
 マックイーン監督は、土曜学校によって自尊心と安心感を与えられたという。「私は嫌々ながら土曜学校に通っていました。気乗りがしなかったのは、土曜の朝にやっていたテレビ番組を見逃すことになるからです。でも私は今でも、土曜学校を運営していた親たちや教師たちの人柄や情熱をよく覚えています。

校長のカーター先生は、とても厳しい人でした。黒人の歴史を学ぶ授業では、失っていた自尊心を取り戻すこともできました。数学や英語、地理、それに美術の授業もありましたが、私は誰も見ていない時を見計らって授業を抜け出してばかりいましたね。私は学ぶ喜びや、同じ目標をもつ黒人の子どもたちと一緒にいることが大好きでした」と、マックイーン監督は話している。 

『スモール・アックス』/第5話『エデュケーション』

スモール・アックス』
原題:SMALL AXE

(c)McQueen Limited

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