フランスの至宝・ベルモンド[前] (文/江戸木純)

解説記事 編集部 
フランスの至宝・ベルモンド[前] (文/江戸木純)
ベルモンド愛が高じて、2020年から全国劇場で巡回中の「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」の企画・配給も務める映画評論家の江戸木純さんに、これまで日本では長く視聴困難だった希少作を含む今回特集について寄稿いただきました。

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  1. 『パリの大泥棒』(67)
  2. 『コニャックの男』(71)
 2021年9月6日、ジャン=ポール・ベルモンドが世を去った。国民的英雄の死にフランスは悲しみに包まれ、9日にはアンヴァリッド(廃兵院)でマクロン大統領も参列しての盛大な国家追悼式が営まれた。

 日本では、2020年秋に特集上映企画「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」、2021年初夏に同「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2」が開催され、数多くの映画ファンが劇場を訪れて、ベルモンドの再発見と再評価が始まったばかりだったのでとても残念だ、ただ、あれだけ危険で、命懸けの冒険を重ねて数々の傑作を残し、たくさんの人を愛し、世界中の人々に愛され、愛する子や孫たちに囲まれて穏やかな晩年を過ごした88年の人生は、映画人としてはもちろん、一人の人間として理想的な、まさに大往生といえるだろう。

 そして、彼が遺した映画たちは永遠であり、ベルモンドは映画の中でこれからも生き続ける。我々にはまだ、未知のベルモンド映画と出会えるチャンスがたくさん残されている。

『いぬ』© 1962 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A.

 スターチャンネルが贈る「フランスの至宝・ジャン=ポール・ベルモンド特集」の8本も、ベルモンドの様々な魅力を堪能できる見逃せない名作揃いだ。

 ベルモンドといえば、日本ではどうしても度々リバイバル公開される(4月にもリマスター版が公開される)ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』(59)と『気狂いピエロ』(65)が有名で、“ヌーヴェル・ヴァーグの顔”という印象が強いかもしれない。もちろんその2大傑作がベルモンドの圧倒的魅力を満載した代表作であることは間違いないし、逆にいえば、ベルモンドを主演に起用したからこそ、この2本は映画史上の名作として今も燦然と輝いているといっても過言ではない。だが、“ヌーヴェル・ヴァーグの顔”というイメージは、フランスの国民的スター、ベルモンドの輝かしいキャリアの冒頭を飾るほんの一部分でしかない。

 ベルモンドが今も世界中で尊敬されている最大の理由は、彼が“ヌーヴェル・ヴァーグの顔”というフランス映画の芸術面での象徴であったと同時に、スタントマンなしの生身で数々の危険なアクションに挑み続けた最高のアクション・スターであり、サイレント喜劇時代からの伝統を体現する最高のコメディアンであり、数々の名女優とスクリーンの表と裏で至上のロマンスを繰り広げたヒーローであり、人間国宝級の舞台俳優だった…という、観客を楽しませるためにすべてをかけた究極のエンタテイナーであったからだ。

『ジャン=ポール・ベルモンドの 道化師/ドロボー・ピエロ』©️ 1980 Gaumont / StudioCanal

 数ある功績の中でも、彼の特撮も、命綱も一切使わない生身のアクションは、スティーブン・スピルバーグから日本のアニメーションまで、ジャッキー・チェンからトム・クルーズまで、世界中のアクション俳優や映画監督、さらには小説家やコミック作家、アニメーター等々にとてつもない影響を与え、後に続くすべての冒険活劇と現代アクションが目指す目標となり、手本となった。

 彼は間違いなく、命がけの演技で世界のアクション活劇を変えた。CGでどんな映像でも作ることができる今も、彼が遺したアクションはまったく色あせることなく、逆に今では絶対に不可能な撮影の数々は、その価値をさらに高めている。晩年の名誉賞以外、なぜか映画賞とはほとんど無縁ではあったが、世界中の観客を徹底的に楽しませた彼の主演作は、永遠に語り継がれ、見続けられる真の映画遺産といえるだろう。

 ジャン=ポール・ベルモンドこそ、フランス映画界だけでなく、映画史上最も偉大で重要な俳優の一人だった。彼の遺した映画たちは、その紛れもない証なのである。

 というわけでどれも見逃せない今回の8本の中で、特に注目して欲しいのが、今スターチャンネル以外では見ることができない2大レア作品『パリの大泥棒』と『コニャックの男』である。

『パリの大泥棒』(67)

『パリの大泥棒』©️ 1967 Nouvelles Editions de Films NEF (France) - Dino de Laurentiis Cinematografica - Compagnia Cinematografica Montoro (Italie)

『パリの大泥棒』は1967年のフランス、イタリア合作映画。ジョルジュ・ダリアンが1897年に発表した「泥棒」を、『死刑代のエレベーター』(58)や『地下鉄のザジ』(60)のルイ・マル監督が映画化した優雅なる犯罪ドラマ。

 12歳で孤児になったジョルジュは、後見人の伯父に育てられた。彼が成人するまで両親の遺産も伯父が管理していたが、成人し、兵役から戻った彼は、伯父が全遺産を横領し、彼には一文も残らないように手続きを済ませていたことを知る。彼はまた、伯父の娘で幼い頃から一緒に育ったシャーロットを愛し、結婚したいと思っていたが、伯父はすでにシャーロットを金持ちの貴族に嫁がせる縁談を決めていた。伯父に裏切られたことで、人生観が変わったジョルジュは、金持ちが大切にしているものを盗み、破壊する泥棒となることを決意する。彼はまず、シャーロットの婚約者の家に侵入し、彼らの全財産である宝石を盗むと、単身旅に出る。やがて、パリを拠点に仲間たちとヨーロッパ各地で大胆な盗みを続けてきた彼の前に、家出してきたシャーロットが現れる…。

 ベルモンドが演じるのは、親族に裏切られたことから盗みを止められなくなるアドレナリン・ジャンキー系の大泥棒。20世紀初頭のヨーロッパ各地を舞台に、大泥棒と金持ちの財産を狙う悪女たちの犯行を描く、一見まさにベルモンド的な題材の作品なのだが、ルイ・マル監督は、当時の盗みや詐欺を繊細かつリアルに描きつつ、ベルモンドの軽快な身軽さを封じ、常に落ち着いた台詞回しをさせて、あえて過剰なアクションやサスペンスを排除した渋い本格派犯罪映画に仕上げた。そのため、この映画はベルモンドの数ある泥棒系列の主演作の中でも異色中の異色作となった。
 正直、そのテンポに慣れるまで少し入り難さはあるのだが、もちろんこういうベルモンドも悪くない。さらにジュヌヴィエーヴ・ビジョルド(『まぼろしの市街戦』(67))、マリー・デュボワ(『大進撃』(66))、マルレーヌ・ジョベール(『コニャックの男』(70))、フランソワーヌ・ファヴアン、マルティーヌ・サルセイ(『個人教授』(68))、ベルネデット・ラフォン(『私のように美しい娘』(72))といった、ボンド・ガールならぬベルモンド・ガールとでも呼びたくなるような一癖も二癖もある美女たちが、次々に登場するのもお楽しみ。神父と呼ばれる泥棒仲間を演じているジュリアン・ギオマールは、『ボルサリーノ』(70)、『コニャックの男』、『ベルモンドの怪盗二十面相』(75)、『ムッシュとマドモアゼル』(77)など、ベルモンド映画でもお馴染みの名バイプレイヤー。『コニャックの男』、『相続人』(73)、『恐怖に襲われた街』(75)でも共演するシャルル・デネもその濃い顔を見せる。

『コニャックの男』(71)

『コニャックの男』©️ 1971 Gaumont - Rizzoli Films

『コニャックの男』は1971年のフランス、イタリア合作映画。『リオの男』の脚本家で、後に『シラノ・ド・ベルジュラック』(90)や『ボン・ヴォヤージュ』(03)を撮るジャン=ポール・ラプノーが監督した革命で混乱するフランスを舞台にしたロマンチック・アクション・コメディ。共同脚本には、後に『ギャルソン』(83)、『愛を弾く女』(95)などを撮るクロード・ソーテや、『リオの男』、『カトマンズの男』のダニエル・ブーランジェが名を連ねる。

 18世紀末、革命の動乱真っ只中のフランス。妻のシャルロットを誘惑した軍人を射殺し、アメリカに逃亡したニコラは、アメリカで成功し大富豪の娘婿に迎えられようとしていた。だが、既婚者であることがバレ、結婚式は中止される。かつてフランスでは離婚は認められなかったが、革命でそれが可能になったことがわかり、ニコラは妻と離婚するためにフランスに戻る。フランスでは妻シャルロットが、革命軍と敵対する王党派の将校である侯爵や、総司令官の大公に結婚を迫られていた。混乱の中、ニコラはようやくシャルロットと再会、一度は離婚を成立させるものの、アメリカへ戻る船の中で、シャルロットのことをまだ愛している自分に気づくのだった…。

 巨大セットを使った群集シーンや、スペクタクルな戦闘シーンも多い超大作で、こちらのベルモンドは、全編走って、泳いで大奮闘。ヒロインに翻弄される男の大冒険を描くという意味では、『リオ~』『カトマンズ~』の延長線上にある作品といえるが、ヒロインが人気コメディエンヌとして主演スターに成長していたマルレーヌ・ジョベールということもあり、映画の方向性は冒険やアクションというより、あくまでも男と女の恋愛をめぐるドタバタ・コメディになっている。名優たちが大袈裟な芝居で楽しげに演じるその軽さと緩さを楽しむべき作品で、『ベルモンドの怪盗二十面相』や『ムッシュとマドモアゼル』、今回の特集にも入っている『ジャン=ポール・ベルモンドの道化師/ドロボー・ピエロ』など、一連のベルモンド式スラップスティック・コメディの1本といえる。
 キャストの注目ポイントは、『パリの大泥棒』でも共演しているマルレーヌ・ジョベール、ジュリアン・ギオマール、シャルル・デネの3人。特に『パリの大泥棒』から数年で風格を増したマルレーヌの成長には驚かされるはずで、ギオマールとデネの芸達者ぶりも楽しい。また、侯爵の妹ポーリーヌを演じるラウラ・アントネッリ(『青い体験』(73))の存在も見逃せない。この映画ではお色気サービスほぼゼロだが、ここでの共演がきっかけで、ベルモンドはウルスラ・アンドレスとの関係を解消し、アントネッリと同棲生活を始めることになり、72年の怪作『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』で本格的共演につながる。

 共演する常連俳優の顔ぶれも含め、ベルモンド映画は楽屋落ち的洒落やセルフ・パロディも多く、数多く観れば観るほど、面白さは深まる。ある意味、『パリの大泥棒』と『コニャックの男』はベルモンド映画の上級者コースといえるかもしれない。
Profile : 江戸木 純(えどきじゅん)
1962年生まれ。映画評論家、プロデューサー。配給会社エデン代表。『ムトゥ 踊るマハラジャ』、『ロッタちゃん はじめてのおつかい』などを日本に紹介。『王様の漢方』、『丹下左膳・百万両の壺』では製作、脚本も手掛けた。著書に「地獄のシネバトル」「世界ブルース・リー宣言」、共著に「映画突破伝」「日本映画最終戦争」などがある。「映画秘宝」「週刊現代」「ヴォーグ・ジャパン」「映画.com」などに執筆中。twitter.com/EdokiJun

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