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この実話の不謹慎まじりの痛快さ、最高じゃん!『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(文/村山章)

解説記事 編集部 
この実話の不謹慎まじりの痛快さ、最高じゃん!『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(文/村山章)
彗星のごとく現れたミステリアスな美少年天才作家、J・T・リロイ。その正体は、とんだ食わせ者だった!すべてに不謹慎まじりの痛快さを禁じる、もう「最高じゃん!」な実話を、キャスティング時点で「勝っている」としか言いようがない面々で映画化。

目次[非表示]

  1. 6年間、世界を欺いた謎の天才少年作家
  2. 詐欺師か天才作家か?疑惑の主が本音を激白
  3. “替え玉”側から見たJ・T・リロイの真実とは?

6年間、世界を欺いた謎の天才少年作家

 2000年代の初頭、ティーンエイジャーの天才作家が彗星のごとく現れた。その名もJ・T・リロイ。母親から男娼になることを強制された実人生をもとにした自伝的小説『サラ、神に背いた少年』と『サラ、いつわりの祈り』が大絶賛。しかもメディアの前に姿を現したらミステリアスな美少年だった衝撃から、ハリウッドセレブのような扱いを受けた。

 いや、もはやハリウッドセレブそのものだった。マドンナ、U2のボノ、ウィノナ・ライダー、トム・ウェイツ、スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンらが熱烈な支持者となり、ガス・ヴァン・サント監督はJ・T・リロイに『エレファント』の脚本を依頼した(実際に一部が使用されている)。アーシア・アルジェントは初監督作として『サラ、いつわりの祈り』を映画化し、自ら娼婦の母親サラ役を熱演。カンヌ映画祭のお披露目にはJ・T・リロイ本人も顔を見せた。

 筆者はJ・T・リロイの熱心な読者ではなかったが、当時の盛り上がりは憶えている。カルチャー誌にこぞって取り上げられ、インタビューと一緒に洒落た写真が誌面を飾った。大きなサングラスと金髪のウィッグがトレードマークで、謎めいた佇まいがさらなる想像を掻き立てた。意地の悪い見方かも知れないが、メディア操作によって生まれた新種のファッションアイコン――という印象はあった。

 ところが世間を仰天させる大スキャンダルが発覚する。J・T・リロイなる作家の正体はローラ・アルバートという40歳の女性で、メディアに露出していた美少年は、ローラのパートナー妹、サヴァンナ・ヌープ(クヌープの表記もあり)が演じた“影武者”だったのだ!

 およそ6年間、世間を騙し続けたローラ・アルバートは映画会社から訴訟を起こされ、35万ドルの賠償金を支払いを命じられ、J・T・リロイのファンを標榜していたセレブリティたちも大恥をかく格好になった。交流を持った一人であるロックミュージシャン兼女優のコートニー・ラヴは、真相を知って「最高じゃん!」と言ったらしいが。

詐欺師か天才作家か?疑惑の主が本音を激白

 と、ここまでなら、よくある話ではないにしても、文学界や映画界を騒がせた珍事件の一つとして年月とともに忘れられる程度の話だっただろう。

 ところが発覚から約10年後、さらに世の中をモヤモヤさせるドキュメンタリー映画が登場する。ローラが自分の生い立ちから当時の騒動の裏側までを赤裸々に語った『作家、本当のJ.T.リロイ』(16)である。なぜモヤモヤするかというと、この映画がほとんど一方的にローラの言い分に“寄り添う”作品だったからだ。

 ローラは巻き込んで迷惑をかけてしまった人々への悔悛の気持ちは語るものの、架空の作家を生み出して世の中を欺いたことについて一切罪悪感を見せることがない。コンプレックスの塊だった彼女にとって、別のペルソナで創作と表現をすることは必要不可欠なプロセスで、産み落とされた作品は本物の芸術であること。それによって自らを解放し、多くの理解者を得たこと。そして自分の作品に魅了された著名人たちとどんな交流を持ったのかを、嬉々として語っていたのだ。

 しかもローラは、まったくの無名時代から、あらゆる人との電話通話を録音していた。一歩間違えば、彼女の暴露話はイカれた女性の誇大妄想として処理され、関係者は事実関係を否定することもできただろう。ところが会話の録音を聞けば、ローラがJ・T・リロイとして数々のセレブと親密な関係を築いていたことは疑うべくもないのである。

 結果、『作家、本当のJ.T.リロイ』は非常に複雑怪奇な映画になった。J・T・リロイに夢中になった人の多くは騙されたと憤ったが、ペンネームで作品を発表したこと自体は犯罪ではないし、ローラは様々なペルソナをまとわなければいけなかった事情も告白している。中には人生を変えてくれたと感謝の気持ちを失わないファンもいた。騒動の当事者が胸の内を明かすことで、この映画がある種の贖罪の機会になってもいいはずだった。

 ローラは、ジェフ・フォイヤージーク監督の音楽ドキュメンタリー『悪魔とダニエル・ジョンストン』を観て「善と悪で判断しない監督」だと信じて出演を承諾したと語っている。しかしフォイヤージークの真意は一体どこにあったのだろうか。

 ローラの言い分をそのまま伝えることは、むしろ外の視点をより大きく意識させる効果に繋がっている。自己弁護を重ねるローラの姿から、彼女の肥大した自己愛と、彼女を持ち上げた人々の脇の甘さ、そして関係者全員の軽率さが晒されていくのが実にヤバい。筆者は「当事者の見解」が持つ危うさを浮き彫りにする批評的な作品だと思っているが、ローラ自身は映画のプロモーションで世界を飛び回り、さらなる理解者を求めるように自説を語って回った。来日もしているので、ネット検索してインタビュー記事を探していただきたい。

“替え玉”側から見たJ・T・リロイの真実とは?

 そして2018年、ヤジ馬的な興味の尽きないこの事件に、新たな証言となる映画がもう一本加わった。J・T・リロイの影武者として世界中のメディアに追いかけられたサヴァンナ・ヌープの自叙伝が、『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(18)として映画化されたのである。
 主演はサヴァンナ(表のJ・T・リロイ)にクリステン・スチュワート、ローラ(J・T・リロイの中の人)にローラ・ダーンという豪華な顔ぶれ。中性的なカリスマ性では現在クリステンはハリウッドのトップランナーだし、複雑なのか薄っぺらいのか判別がつかない人物像を体現する名優ローラ・ダーンからも目が離せない。キャスティングの時点でもう「勝っている」と言っていいのでないか。

クリステン・スチュワート

ローラ・ダーン

 基本的にサヴァンナの視点から描かれており、『作家、本当のJ.T.リロイ』と同様に客観性はないかも知れない。しかし、自分を美化しがちなローラが共犯関係にあったサヴァンナからどう見えていたのかがかなり踏み込んで描かれており、この珍事の全貌を俯瞰する好材料であることは間違いない。

 ゴシップ点な視点では、『作家、本当のJ.T.リロイ』でもローラが暴露していたサヴァンナ=J・T・リロイとアーシア・アルジェントの恋愛関係も、当事者でしかわからないところまで描写されている。

 劇中ではダイアン・クルーガー演じるエヴァというキャラクターに変えられているものの、J・T・リロイの小説に惚れ込み、映画化を実現させ、サヴァンナと性的関係を結ぶなど、誰が見てもアーシアとの実体験だとわかるようになっている。ただし本作においては下世話な暴露話ではなく、青春映画を成立させる苦い恋愛体験として機能しているのもいい。

ダイアン・クルーガー

 サヴァンナは監督のジャスティン・ケリーと共同で脚本を執筆しただけでなく、製作総指揮と撮影現場のコンサルタントを務め、サントラには自作の曲も提供している。サヴァンナもローラに負けず劣らず自分の映画で好き放題やっているようで、むしろ小気味いい。(サヴァンナの兄でローラのパートナーだったジェフも、ローラとの共作や自身のオリジナル曲を提供し、ジェフ役のジム・スタージェスが歌っている)

ジム・スタージェス

 さらにいえば、J・T・リロイの正体を知ってローラに「最高じゃん!」と感想を漏らし、「トーク番組で泣いてみせなよ、アメリカ人は贖罪が好きだから」と助言したコートニー・ラヴも出演しており、エンドクレジットではガツンと彼女が率いるロックバンド、ホールの代表曲「Celebrity Skin」が象徴的に流れる。そんな皮肉な演出も、J・T・リロイにまつわるすべてに不謹慎まじりの痛快さを感じる所以なのである。
Profile : 村山章
映画ライター。配信系の映画やドラマをレビューする「ShortCuts」では代表を務める。ラジオ、テレビ出演、自主配給など、映画にまつわる諸分野で活動中。

©︎ 2018 Mars Town Film Limited

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