英国人種差別の転換点となった「マングローブ9裁判」を扱った第1話『マングローブ』にまつわる『スモール・アックス』プロダクションノート

解説記事 スターチャンネルEX 編集部
英国人種差別の転換点となった「マングローブ9裁判」を扱った第1話『マングローブ』にまつわる『スモール・アックス』プロダクションノート
『スモール・アックス』各話の製作背景が綴られたプロダクションノートを公開。本記事では、人種差別の歴史の転換点でありながら、多くの人に知られていない「マングローブ9」を描いた第1話の裏側に、監督の言葉と共に迫ります。

目次[非表示]

  1. この題材を扱うことの責任
  2. ジミ・ヘンドリックスやボブ・マーリーも通ったレストラン”マングローブ”
  3. イギリスでも知られていない”マングローブ9”裁判とは

この題材を扱うことの責任

 「マングローブ」は、重大事件のみを扱うロンドンの中央刑事裁判所で行われた裁判において、画期的な勝利を収めた黒人たちの姿を描いた作品である。イギリスにおける人種関係の歴史は彼らの勝利によって大きな転機を迎えたが、今となっては多くの人がこの出来事を忘れ去っている。このような物語を人々に伝えることは、本作の製作陣にとって多大な責任を伴うものだった。
 「父の友人が“マングローブ9”の1人だったので、私はこの一件について両親に聞かされながら育ちました」と、スティーヴ・マックイーン監督は語っている。「脚本を手がける私とアラスター・シドンズにとって何より重要なのは入念なリサーチを行うこと、そしてこの出来事をできり限り生活かつ慎重に描き出すことだと私は考えていました」。

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

ジミ・ヘンドリックスやボブ・マーリーも通ったレストラン”マングローブ”

 フランク・クリッチロウ(ショーン・パークス)がノッティングヒルのオール・セインツ通りで飲食店マングローブを開業したのは、1968年のことだった。第二次世界大戦後のノッティングヒルはその大部分がスラム化しており、近年の映画で描写されているノッティングヒルとはかなり様子が違っていた。そんなノッティングヒルに大挙してやって来たのが、1948年から1971年に西インド諸島から渡来した‟ウィンドラッシュ世代“の人々を含む移民たちだった。彼らは家賃の安い物件と同胞たちが集うコミュニティを見つけるために、ノッティングヒルにやって来たのだ。
 トリニダード島出身のフランクは単に商売の成功を望んでいただけだが、マングローブは開業からほどなくして西インド諸島系移民たちの聖域となった。居心地がよく、照明がほの暗いマングローブでは、米とえんどう豆を添えたチキンシチューなど西インド諸島の絶品料理が、同胞の移民たちや知識人、活動家、アーティストといった多種多様な客に供されていた。常連客にはニーナ・シモンやヴァネッサ・レッドグレーヴ、ダイアナ・ロス、そしてジミ・ヘンドリックスなどが名を連ねていたほか、ボブ・マーリーも近所でサッカーを楽しんだ後にマングローブで食事をすることがあったという。

 アーティストたちの深夜のたまり場になっていたマングローブは、黒人コミュニティに属する人々が支え合うための場としても大きな役割を果たしていた。人々は住宅供給や就職に関するアドバイスを得るために店を訪れ、それを頼みに綱としていたのだ。

 そんななか、深夜以降が店の稼ぎ時となっていたにもかかわらず、ケンジントン・アンド・チェルシー区議会の決定により、マングローブは夜11時以降の営業許可を取り消されてしまう。議会は許可取り消しの理由として、常連客の中に犯罪者がいることや売春などの違法行為が行われていることを挙げ、フランクはこの非合法な差別に対して公式に苦情を申し立てた。

 だが、警察がその後もたびたびマングローブに踏み込んで麻薬所持者を見つけ出そうとしたため、店内で騒動が頻発。警察による嫌がらせは防ぎようのないものとなった結果、フランクは経営難に陥り、地元住民たちの心のよりどころとなっていたマングローブは存在の危機に直面することになった。

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

 この力強い物語の中でフランク・クリッチロウが見せる最初の抵抗は、地域社会活動の指導者的な役割を課されていることに対する抵抗である。彼はマングローブを素晴らしいレストランにすることを望んでいただけなのだが、3階建ての店はいつしか活動家たちの拠点となっていた。

 フランクと彼の友人たちは1970年8月9日にデモ行進を実施すると決め、その前にエドワード・ヒース首相宛てに公開書簡を送った。その書簡のなかで、彼らは自分たちが抗議運動をせざるを得なくなった理由について、「警察が行ってきた黒人住民への対応を変えるために講じたこれ以外の方策が、ことごとく失敗に終わったため」と説明している。
 「デモ行進の参加者は150名でしたが、出動した警官の数は300名でした。そのことから、警察がこの事態を危険視していたことがわかるでしょう」と、『スモール・アックス』の製作総指揮を務めたトレイシー・スコフィールドは語っている。
 この抗議デモに際して、総勢500名の警官と覆面捜査官が動員されたとする複数の記録も残されている。警官隊との小競り合いが始まった時の状況についても諸説あるが、小競り合いが騒乱に発展して多数のデモ参加者と警官が負傷したことは揺るぎない事実である。

 その後、警察はフランクとアルシア・ジョーンズ=ルコワント(レティーシャ・ライト)、ダーカス・ハウ(マラカイ・カービー)、バーバラ・ビース(ロチェンダ・サンドール)、ルパート・ボイス、ローダン・ゴードン、アンソニー・イニス、ロスウェル・ケンティッシュ、ゴドフリー・ミレットの9名を起訴。後に彼らは、“マングローブ9”としてその名を知られるようになった。

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

イギリスでも知られていない”マングローブ9”裁判とは

 マングローブ9の裁判が国家反逆や注目度の高い殺人事件を扱うロンドンの中央刑事裁判所で行われたことは、この裁判に関するもっとも驚くべき事実の1つとなっている。また、9名のうちアルシア・ジョーンズ=ルコワントとダーカス・ハウを含めた3名は、陪審員にみずから訴えかけるために、弁護士を立てずに自身で弁論を行った。さらに彼らは、陪審員候補者たちに質問をして、場合によっては特定の候補者を不選任にすることができる権利も行使。候補者たちは、‟ブラック・パワー“という言葉をどのように理解しているかを問われた。その結果として63名が不選任となり、2名の黒人を含む陪審員団が最終的に選任された。
 この裁判でマングローブ9の弁護を担当したイアン・マクドナルドは、イギリスにおける差別禁止法および人種差別禁止法の制定に大きく貢献した人物として知られている。人種間の平等と人種関係の改善を実現するために尽力してきたマクドナルド弁護士は、マングローブ9の弁護を見事に成功させた。

 その後長い時を経て、9名のうち数名が2019年に80歳を迎えたマクドナルド弁護士の誕生日会に参加。彼らは自分たちが受けてきた不当な扱いや不正行為を知らしめようとしたマクドナルド弁護士の熱意を称賛した。『スモール・アックス』の製作が進んでいた2019年11月にこの世を去ったマクドナルド弁護士は、死去する直前まで移民関係の訴訟に携わっていたという。

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

 陪審員団が暴動の扇罪について9名全員を無罪としたことにより、裁判は被告側の歴史的勝訴に終わった。9名のうち5名はすべての罪状において無罪とされ、ルパート・ボイスとローダン・ゴードン、アンソニー・イニス、そしてアルシア・ジョーンズ=ルコワントの4名には公共の場における乱闘や警官への暴行など、扇動罪より軽い罪状について執行猶予付きの判決が下された。
 裁判の終結に際して、エドワード・クラーク判事は「この裁判が明らかにしたのは、双方が人種的憎悪を抱いていることを明確に示す証拠があるということだ」と述べた。マングローブ9が苦節を経て手にした勝利は、このコメントによって歴史に刻まれることになった。
 マングローブは1992年に閉店、フランク・クリッチロウは2010年に死去した。マングローブ9の物語は、イギリスにおいても今もってあまり知られていない。

『スモール・アックス』/第1話『マングローブ』

『スモール・アックス』
原題:SMALL AXE

(c)McQueen Limited

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