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レゲエの名曲「シリー・ゲームス」が彩る第2話『ラヴァーズ・ロック』にまつわる『スモール・アックス』プロダクションノート

解説記事 スターチャンネルEX 編集部
レゲエの名曲「シリー・ゲームス」が彩る第2話『ラヴァーズ・ロック』にまつわる『スモール・アックス』プロダクションノート
『スモール・アックス』各話の製作背景が綴られたプロダクションノートを公開。本記事ではジャネット・ケイの名曲「シリー・ゲームス」が彩る第2話『ラヴァーズ・ロック』について、監督や振付家が魅力を語ります。

目次[非表示]

  1. 体が宙に浮くほどの喜び
  2. 製作の背景
  3. パーティーシーンの舞台裏

体が宙に浮くほどの喜び

 『ラヴァーズ・ロック』は『スモール・アックス』を構成する5作品のなかで唯一のフィクションだが、ほかの4作品と同じく「自立」と「黒人の創造性」をテーマにしている。触感を刺激する官能性と、体が宙に浮くほどの喜びを感じさせる本作の主な舞台となるのは、1980年代の一夜にロンドンで行われたとあるハウスパーティー。スティーヴ・マックイーン監督と、彼とともに本作の脚本を手がけたクルティア・ニューランドは、マーサ(アマラ=ジェイ・セント・オービン)と陰気なタイプの見知らぬ青年(マイケル・ウォード)が次第に魅かれ合っていく様子を物語の軸としているが、本作の見どころはそれだけではない。

 歓喜を呼び起こす音楽と、コーラル・メッサムが手がけた魅惑的な振付、そしてダンスフロアで歌い踊る俳優たちの姿をとらえたシャビアー・カークナーによる血の通った映像も、この作品の大きな魅力となっている。本作のタイトルにもなっている“ラヴァーズ・ロック”はレゲエのサブジャンルで、本作の山場となる気が遠くなるほど素晴らしいシーンには、その代表例とされるジャネット・ケイの幸福感あふれるヒット曲「シリー・ゲームス」(1979年)が使われている。

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

 本作は、ブルーズパーティー(西インド系の人々が開催するハウスパーティー)で若者たちが見せる恋の作法をみごとに描写している。女性と一緒に踊りたい男性は、お目当ての女性のひじに触れ、その手をそっと滑らせて彼女の手をとる。彼と踊りたければ、女性は彼に導かれるままにダンスフロアに向かう。踊りたくない場合、女性はその男性から離れる。『ラヴァーズ・ロック』には、難解にも思えるこうしたディテールがほかにも数多く織り込まれている。

 当時、黒人のロンドンっ子たちは白人が集うナイトクラブで思う存分楽しむことができなかった。誰かの自宅で開かれるハウスパーティーは、彼らのニーズに応えるために生み出されたものなのだ。カリブ系移民のコミュニティには‟やればできる“という考え方の持ち主が大勢いて、その前向きな姿勢のおかげでレゲエパーティーという文化が花開いた。

 ドレスアップした恋人たちがわずかな入場料を払うだけで参加することができ、ロマンティックなレゲエのリズムにあわせて踊ったり、ビールを買ったり、ヤギ肉入りのカレーライスを食べたりして、言い訳をすることも制約を受けることもなく人生を謳歌することができるレゲエパーティーは、彼らにとって一種の聖域だったのである。
 「この作品のそういうところが、私は気に入っています。人々が自分を受け入れてくれなくても気にする必要はない。自分の居場所は自分で作ればいいという精神こそが、『スモール・アックス』のテーマですからね」と、マックイーン監督はコメントしている。

製作の背景

 「『スモール・アックス』を構成するほかの4作品は、社会的な抑圧と戦った人物や集団の姿を実話に基づいて描いていますが、この作品はそうではありません。『ラヴァーズ・ロック』は、カリブ系のロンドンっ子たちにとって非常に重要な意味をもつ時代と場所を再構築した作品なんです」と、製作総指揮を務めたトレイシー・スコフィールドは語っている。

 「ハウスパーティーを開くにあたって、家主は部屋から家具を運び出し、大型スピーカーなどの音響システムを設置します。自家製のスピーカーが使われることも、よくありましたね。家主はパーティーで音楽を流す係や、参加者の盛り上げ役となるDJ、選曲係の手配もします。パーティーが開かれることを近所の人たちは口コミで知り、入場料を払ってパーティーに参加するんです。年配のカリブ系移民にとって、『ラヴァーズ・ロック』は数多くのハッピーな思い出をよみがえらせてくれる作品になるでしょう。若い観客がこの作品にインスパイアされて、レゲエパーティーを復活させることも、私は願っています」。

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

 ブルーズパーティーについて見聞きしながら育ったマックイーンと共同脚本を務めたニューランドは、自分たちの経験を本作のストーリーに反映させた。「クルティア(ニューランド)がまだ子どもだった頃に母親が自宅でパーティーを開いていたので、彼はその時のことをいろいろと覚えているんです。私も、叔母から聞いたパーティーの話をよく覚えています」と、マックイーンは話している。

 「叔母はハウスパーティーに行くことを禁じられていたのですが、彼女がパーティーに行けるように叔父が裏口を開けておいてくれたそうです。当時、叔母の一家はロンドンのシェパーズ・ブッシュに住んでいました。こっそり自宅から抜け出した叔母は、パーティーが行われている隣町のラドブローク・グローブに向かい、朝になってから帰宅して教会に行きました。なんだかシンデレラみたいですよね」。
 「台本に書かれていることやマックイーン監督の頭の中にあるイメージが驚くほど五感に響くものだったので、私たちはそれを掘り下げたいと思っていました」と、撮影監督を務めたシャビアー・カークナーは明かしている。

 「おもしろいことに、『ラヴァーズ・ロック』をどんな作品にしたいのかきちんと話し合うためにマックイーン監督と会ったのは、私がノッティングヒル・カーニバルに参加した日の翌日だったんです。あのカーニバルの熱気や歌、ダンス、そしてカリブ系の私が大勢のカリブ系の人々とともに過ごしたひと時は、その翌日に監督と会った時も撮影中も、余韻となって私の中に残っていました」。

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

パーティーシーンの舞台裏

 本作のなかでもっとも力強いシーンには、それにふさわしい音楽が使われている。ジャネット・ケイが1979年に放ったヒット曲「シリー・ゲームス」のスイートなサウンドに合わせてリズミカルに体を揺らしながら、お祭り騒ぎに興じている人々は声を合わせて歌い、曲が終わった後も5分にわたってアカペラで歌い続ける。人ごみの中から沸き上がった彼らの声に込められた強さと歓喜は、観客を40年前の世界に連れて行くとともに、どんな時代でも人は友情や親密さ、他者との類似、そして愛を求めているということを思い起こさせてくれるだろう。
 「あれは、あのパーティーのシーンになくてはならない場面だったと私は思っています」と、マックイーン監督はパーティーの参加者たちが「シリー・ゲームス」を歌うシーンについて述懐している。「あの場面には、私が求めていた解放感と自由、そしてむきだしの魂が感じられます。私はそういうものを見たかったのです。映画の中で何も抑制することなく過ごしている黒人の姿を目にすることは、ほとんどありません。あのような場面をカメラに収めることができたのは、スタッフのおかげだと思います。私が断固として主張したからそうなったのですが、スタッフの多くは黒人でした。撮影現場に多くの黒人がいなければ、あのような出来事は起きなかったでしょう。現場の状況が違ったら、俳優たちはあれほど開放的になることができなかったはずです」。
 本作を彩る音楽について、振付を担当したコーラル・メッサムもこう説明する。「ラヴァーズ・ロックに合わせて体を動かしたり呼応させたりするためには、ある特定の感情や表現力が必要となります。それを体得するうえで何より重要なのは、ラヴァーズ・ロックの真髄をつかむことです。そのプロセスにおいて大きな助けとなるのは、音楽そのものにほかなりません。私は俳優たちに、‟家に帰ってラヴァーズ・ロックの楽曲やメロディーについて学び、この音楽に合わせて踊るためには何が必要なのか理解しなさい“と、よく言っていました。音楽が心や皮膚、筋肉など自分のあらゆる部分に沁み込めば、歩き方や話し方、そしてお尻の振り方も変わります」と、メッサムは話している。

 「パートナーと組んで踊る練習も、ずいぶんやりましたね。ダンスのパターンには、‟ワイン・アンド・ゴーダウン”(wine and guh down)などがあります。肝心なのは、相手と調子を合わせ、音楽をちゃんと聴きながら踊ること。うまく踊るためには、双方にスキルと集中力がなければなりません。細部にまで気を配りながら、表現力を駆使して互いが持つエネルギーを交換する。それが、パートナーと踊るということなのです」。

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

 マックイーン監督によると、パーティーの参加者たちがアカペラで歌うシーンは、あらかじめ台本に書かれていたものではないという。それにもかかわらず、役者たちは精神の目覚めとでも言うべき体験をしているかのように歌い続けていたと、彼は明かしている。

 「予定していたわけではないのに、彼らは自発的にアカペラで歌い始めました。私はそれを見て、‟このまま撮り続けてくれ“と撮影監督のシャビアー・カークナーに小声で指示を出しました。さまざまな声が混然一体となったあの歌唱シーンは、自然発生的なものでした。あの時の私は、カメラを手にした目撃者にすぎなかった。驚いたことに、彼らは物語の舞台となっている1979年から1980年という時代について、よく理解していた。俳優たちはその時代の人々を演じていて、その人たちには時代のせいでできないことや、やらないことがあったということも知っていました。時代のせいでできないことがあっても、当時の人々は自分たちで何とか道を切り開いたのです」と、マックイーン監督は話している。

 「あれは、言葉で言い表すことができないほど素晴らしい出来事でした。あの場面の映像を観れば、どれだけ素晴らしかったかわかるでしょう。アーティストというものは、何かをやるべき時もあれば、一歩離れて見守るべき時もあるということを知っていなければなりません。そして私はあの時、一歩離れて見守ることが必要だと判断したのです。活気に満ちあふれたあの場面は、生命と可能性を象徴しているかのようでした」。
 マックイーン監督は、こう言って話を締めくくっている。「この作品はミュージカルだと私は思っています。こういうミュージカルを撮りたいと、私はずっと前から願っていたんです。私とクルティアは、お互いの過去を作品に反映させました。彼との共同作業は、最高の経験になりましたね」。

『スモール・アックス』/第2話『ラヴァーズ・ロック』

『スモール・アックス』
原題:SMALL AXE

(c)McQueen Limited

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