国の運命を背負った世紀の大饗宴『宮廷料理人ヴァテール』(文/林瑞絵)

解説記事 スターチャンネルEX 編集部
国の運命を背負った世紀の大饗宴『宮廷料理人ヴァテール』(文/林瑞絵)
フランス在住の映画ジャーナリスト 林瑞絵さんに、GAUMONT(ゴーモン) 映画特集の中から『宮廷料理人ヴァテール』について寄稿いただきました。

目次[非表示]

  1. 稀代の料理人、没後350年
  2. 騒乱と混乱、愛も生まれた三日間
  3. 日本人に親しみやすい人物像?
  4. フランスを代表する名優ドパルデュー
  5. 貴族文化の惜しみなき再現

稀代の料理人、没後350年

 ‘’宮廷料理人ヴァテール‘’ことフランソワ・ヴァテールは、17世紀に実在した人物。ドラマティックな彼の人生は文学者の興味をひき、ネルヴァル、アポリネール、デュマ(父)も作品で言及している。映画『宮廷料理人ヴァテール』は2000年にカンヌ映画祭のオープニングを飾ったが、この時に本国フランスで彼の名前は一般に広く浸透したと言えよう。

 昨年2021年はヴァテールの没後350年。これを記念しフランスでは本の出版や関連イベントがあった。映画の舞台となったパリから北へ40キロのシャンティイ城では、コロナ禍にも屈せず本作の野外上映会を実施。稀代の料理人にオマージュを捧げる機会とした。

映画『宮廷料理人ヴァテール』の舞台、ヴァテールゆかりのシャンティイ城 ©Sophie Lloyd

騒乱と混乱、愛も生まれた三日間

 今回紹介するこの映画は1671年4月23日から25日に実際に催された宴を描いている。ただの宴会ではない。国王を歓迎するために贅の限りを尽くした、後世に語り継がれる大饗宴だ。シャンティイ城の主人は、ルイ14世の年長の従兄弟に当たるコンデ公(ルイ2世)。かつて貴族による内乱(フロンドの乱)に加わり、当時はまだ幼かった王を一度は裏切った人物である。だから国王が城を訪問する機会を利用し、しっかりもてなすことで関係を修復する必要があった。ヴァテールはこのコンデ公のお抱え「メートル・ドテル(給仕長)」である。

 伝説によると来客は2,000人。ヴァテールはメニューの考案と組み立て、食材の注文と管理、仕込み、調理と監修、人員配置、食器選びや盛り付け、テーブルの飾り付けなど料理周りの全てを担う。さらに客人をもてなす空間設計や華やかな余興の数々にも目を光らせ、宴会期間中のトラブルにも個別対応。彼の仕事は単なる「宮廷料理人」や「メートル・ドテル」の役割を完全に超えている。世紀の饗宴を成功へと導く総合演出家のような存在だ。
 カメラは超過密スケジュールで働くヴァテールの一挙一動を追いかける。周囲には特権階級の貴族やその取り巻きがおり、野心や嫉妬も渦まく。中には主人公の足を引っ張る輩もちらほら。料理人は国の運命を背負ったこの正念場を無事に乗り切れるのか。観客は騒乱と混乱の日々の目撃者となる。

 本作は史実がベースだが、人間ドラマが大胆に加味された。とりわけ忙しくストイックなヴァテールも、裏ではちゃっかり貴婦人と愛を育んでいるのが心憎い。その相手こそ、国王の寵愛を受ける女官のアンヌ・ド・モントージエ。彼がどのようにアンヌと近づき心を通わせてゆくのか、その愛の行方が見どころの一つ。ヴァテールのいかにも芸術家らしいアプローチは、エレガントで細やかな心遣いに溢れている。女性脚本家で本人も監督として活躍するジャンヌ・ラブリュンヌの感性も反映しているだろう。

日本人に親しみやすい人物像?

 時代は絶対王政最盛期、国王を頂点とした階級社会。農民の父を持つヴァテールは、才能一つで特権階級の人々の懐に入り込み、メートル・ドテルという名誉ある職に就いた。しかし近くで見れば、相当に厳しい立場であるのがわかる。宴を成功に導くためには権力者の無理難題に応えないといけない。同時に、彼の下で働く未熟な人たちの管理や指導も求められる。責任重大な中間管理職的立場だ。

 そう考えると外からは大変優雅に見える城の生活も、中から見ればブラック企業的側面が浮かび上がる。伝説によるとヴァテールは11日間も寝ずにこの大仕事に取り組んだという(劇中冒頭でも「一週間寝ていない」と言われる)。現代のサラリーマンがバーンアウトを発症する環境に重なってくるようだ。

 さらにラストまで見るとわかるが、完璧主義者で人一倍責任感の強いヴァテールの生き方は、どこか誇り高きサムライのような精神性を感じさせる。その意味で、特に日本人がシンパシーを抱きやすい人物像かもしれない。だから本作は遠い時代の別次元の絵空事ではなく、人間味溢れる時代を超えた運命のドラマとしても楽しめるだろう。

フランスを代表する名優ドパルデュー

フランスを代表する俳優ジェラール・ドパルデュー ©Mizue Hayashi

 ヴァテールに命を吹き込んだジェラール・ドパルデューは、名実ともにフランスを代表する俳優だ。破天荒な振る舞いでも知られる(最近は友人のプーチンを批判し話題に)が、唯一無二の存在感で監督たちに重宝されている。現在もメジャーからインディペンデント作品まで縦横無尽に顔を出し、精力的に活躍を続ける。昨年もゴーモン製作のグザヴィエ・ジャノリ監督作『Illusions perdues (仮題)幻滅』(日本公開予定あり)に名物編集者役で出演。本作は同名のバルザックの小説が原作であり、セザール賞では作品賞を含む7部門で受賞を果たした昨年度No.1のフランス映画だ。『宮廷料理人ヴァテール』の公開から20年以上を経ても、新たなゴーモン社の看板作品に出演し続けるドパルデューは、全く頼もしく逞しいと言うほかない。ちなみに素顔のドパルデューはレストランやブドウ畑も所有する正真正銘のグルメ人間。稀代の料理人役は彼の趣味も満足させる経験だったろう。

 さて、そのドパルデューの傍らには、女官アンヌ・ド・モントージエ役にユマ・サーマン、敵役であるローザン侯爵役にティム・ロスをキャスティング。国際派スターが顔を揃え(そのために英語作品となっている)、宮廷の裏側の愛の駆け引きを盛り上げている。

貴族文化の惜しみなき再現

 監督はロンドン生まれのフランス系ユダヤ人ローランド・ジョフィ。彼は“巨匠”と呼べる素晴らしいキャリアの持ち主だ。カンボジア内戦を取材する記者のドラマ『キリング・フィールド』(1984)は、アカデミー賞で3部門を受賞し、黒澤明も絶賛。その後もロバート・デニーロ主演の歴史劇『ミッション』(1986)を発表、カンヌ映画祭最高賞のパルムドールを獲得している。この『宮廷料理人ヴァテール』がカンヌ映画祭のオープニングを飾ったのは、パルムドール受賞の縁が大きいだろう。

 本作はフランスのその年の最大級の製作費(3,030万ユーロ)がかけられた大作だった。本国では57万人を集めるヒットとなったが、予算が大き過ぎてゴーモン社には赤字に。しかし潤沢な予算のおかげで、貴族文化の惜しみなき再現を可能にしている。時代考証をふまえた料理や食器、衣装、調度品など細部にまで目を配り、17世紀にタイムスリップしたような臨場感が生まれた。宴には毎日テーマが決められている。初日は「太陽の栄光と大自然の恵み」、2日目は「水の饗宴」、3日目は「氷の饗宴」であるが、ヴァテールがそれらのテーマといかに格闘し、一大スペクタクルのような世紀の宴として昇華させようとしたかを観察するのは興味深いものだ。
 こぼれ話として、ホイップクリームの一種「クレーム・シャンティイ (Crème chantilly)」ついても触れたい。劇中では卵が腐ってカスタード・クリームが作れなくなったヴァテールが、代わりにホイップクリームを作って窮地を脱するというシーンが挿入されている。これは彼を発明者とするクレーム・シャンティイ伝説(実際は起源不明)への目配せだ。他にもヴァテールには何度もピンチが訪れるが、その度に機転を働かせ、豊かな芸術的感性と創意工夫で乗り越えてゆく様は爽快である。

映画にも登場するクレーム・シャンティイ ©DR

 もしも映画が気に入った方がパリに旅する機会があれば、郊外まで足を伸ばしてヴァテールゆかりのシャンティイ城に寄ってみるのはいかがだろう。彼が料理をしていた台所はレストランとなっており、伝説のクレーム・シャンティイも食べられる。

城内には豊かな古典絵画コレクションを誇るコンデ美術館も ©Sophie Lloyd

 城内にはルーヴル美術館に次いで国内2番目の古典絵画コレクションを誇るコンデ美術館があり、貴重なラファエロ作品なども鑑賞できる。美術ファンにとっても素晴らしい穴場なのだ。そして広大な庭園を散策し、つわものどもが夢の跡のような350年前の華やかなる宴に思いを馳せるのも良いだろう。
■シャンティイ城
パリ北駅(Gare du Nord)駅からTER線Chantilly-Gouvieux駅まで25分。またはパリ北駅からRER
D線Chantilly-Gouvieux駅まで45分。駅から徒歩で20分。無料バスもあり。
https://chateaudechantilly.fr/en/

■レストランLa Capitainerie Les Cuisines de Vate

https://chateaudechantilly.fr/en/plan-your-visit/restaurants-and-shops/
『宮廷料理人ヴァテール』
原題:VATEL

(c) 2000 Gaumont / TF1 Films Production (France) / Timothy Burrill Productions Limited (Royaume-Uni)

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