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【『マルチュク青春通り』(2004) 特集:もっと観るべき韓国映画 全作品解説③(文/岡本敦史)】

解説記事 スターチャンネルEX 編集部
【『マルチュク青春通り』(2004) 特集:もっと観るべき韓国映画 全作品解説③(文/岡本敦史)】
おかげさまで再生回数常時上位、今や不動の人気ジャンル、韓国映画。好評にお応えし、8、9、10月と怒涛の作品大量投下!初月となる8月は「これを見逃していたら勿体無さすぎる」という鉄板タイトルを10本、韓国映画に詳しいライターで編集者の岡本敦史さんにセレクトしてもらいました。

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  1. 1978年の日常を丹念に再現。それらの甘い記憶はすべて、壮絶なクライマックスへと雪崩れ込むための伏線に

1978年の日常を丹念に再現。それらの甘い記憶はすべて、壮絶なクライマックスへと雪崩れ込むための伏線に

 1973年7月、韓国で最初に上映されたブルース・リー主演作は『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972)であった。だから本作の冒頭、幼き日の主人公が夢中になった作品として引用されるのも『怒りの鉄拳』である。その衝撃をリアルタイムで体験した世代の青春を描いたのが、詩人から映画監督に転身したユ・ハの自伝的作品『マルチュク青春通り』だ。

 とはいえ、映画の舞台となるのは5年後の1978年である。高校生になった主人公ヒョンス(クォン・サンウ)が転校したカンナムの高校は、不良と劣等生の巣窟。もともと優等生でケンカも嫌いなヒョンスだが、理不尽な鉄拳制裁や教師の体罰が横行する環境のなかで、自らも暴力沙汰に手を染めざるを得なくなっていく。かつて少年が憧れたブルース・リーの流麗かつスピーディーなアクションとの圧倒的対比を見せつけるかのように、劇中で描かれる「現実の暴力」はひたすら無様でカッコ悪い。

 本作はユ・ハ監督の硬派な作風を確立した作品でもあるが、男くさいだけの映画ではない。軍事政権時代の抑圧的な高校生活にも、随所に差し込むきらめきがあったことを丁寧に描いている。教室での光景のみならず、当時のディスコブームからポップソングに至るまで、様々なディテールを散りばめて1978年の日常を丹念に再現。ヒョンスが通学バスで一目惚れする女子高の美女(ハン・ガイン)とのほろ苦い恋模様も丹念に描かれ、デリケートな演出を見せてくれる。思春期特有の不器用さを、軽くキモい雰囲気も漂わせながらリアルに演じるクォン・サンウも素晴らしい。

 それらの甘い記憶はすべて、壮絶なクライマックスへと雪崩れ込むための伏線となる。終盤、恋も友情も失ったヒョンスはついにヌンチャクを手に取り、自らの肉体を格闘マシーンへと変貌させる(クォン・サンウの仕上がりっぷりは圧巻!)。彼が鏡の前で挑発的ポーズを練習するシーンを見ればわかるとおり、そのモチベーションは『怒りの鉄拳』で不当な植民地支配に抗う陳真というより、『タクシードライバー』(1976)の主人公トラヴィスの狂気に近い。クライマックス、屋上で繰り広げられる血みどろの死闘は、暴力の醜さをこれでもかと映し出す。何がヒョンスをそこまで変えさせてしまったのか、彼が苦渋に満ちた叫びを炸裂させる瞬間、映画は暴力と抑圧を許容した時代の韓国社会を鮮やかに撃ち抜いてみせる。

 ちなみに、屋上のシーンでヒョンスにガラス板を叩きつける生徒役を演じたのは、下積み時代のチョ・ジヌン。のちに『美しき野獣』(2006)の撮影現場で再会したとき、端役だった自分を覚えていてくれたクォン・サンウにいまでも感謝しているそうだ。

 エピローグでは、当時の映画少年たちが体験した「時代の変わり目」が描かれ、なぜ本作の舞台が1978年だったのかも明らかになる。秀逸なラストシーンだ。

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Profile : 岡本敦史
ライター・編集者。主な参加書籍に『塚本晋也「野火」全記録』(洋泉社)、『パラサイト 半地下の家族 公式完全読本』(太田出版)など。劇場用パンフレット、DVD・Blu-rayのブックレット等にも執筆。
紹介作品は動画配信サービス「スターチャンネルEX」にて配信中!

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