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【"記憶喪失映画"のDNAを受け継ぎながら、新たな到達点へ|解説『ザ・ツーリスト 俺は誰だ?』(文/尾崎一男)】

解説記事 スターチャンネルEX 編集部
【"記憶喪失映画"のDNAを受け継ぎながら、新たな到達点へ|解説『ザ・ツーリスト 俺は誰だ?』(文/尾崎一男)】
「記憶喪失映画」というジャンルのDNAを受け継ぎながら、さらなる展開を見せてくれる海外ドラマ『ザ・ツーリスト 俺は誰だ?』。本記事ではライターの尾崎一男さんにその魅力を解説していただきました。ぜひ本編とあわせてお楽しみください。

目次[非表示]

  1. 記憶喪失映画のDNAを受け継ぐ
  2. コーエン兄弟のテイストを匂わす登場人物たち
  3. 主人公同様にアイデンティティを模索する

記憶喪失映画のDNAを受け継ぐ

 全6話からなるHBO Maxプレゼンツのミニシリーズ『ザ・ツーリスト 俺は誰だ?』(以下『ザ・ツーリスト』)は、記憶を失った主人公である“男”(ジェイミー・ドーナン)が自分が何者なのかを探ろうと、ほんのわずかな手がかりから広範囲にわたって行動を起こし、アイデンティティを得ようとするミステリーサスペンスだ。そんな彼を取り巻く全貌が明らかになるにつれ、ストーリーは観る者を衝撃的な展開へと導いていく。
 記憶喪失をテーマとするサスペンスはミニドラマにおいて希少な存在だが、映画ではサブジャンルのひとつとして定着している。近年でとりわけ周知なのが、マット・デイモン主演の『ボーン・アイデンティティー』(2002)だろう。同作を起点に計4本のシリーズと1本のスピンオフ作品を生み出したこのフランチャイズは、記憶を無くしたエージェントをキーキャラクターとしたスパイスリラーで、彼の尋常でない超人能力の背後には、国家的陰謀を含む強化戦士計画が横たわっていることを明らかにしていく。高速編集と手持ちカメラを多用した臨場感あふれる描写で、ゼロ年代のアクションシーンを牽引した同ジャンルの記念碑的作品だ。

ザ・ツーリスト 俺は誰だ?

 また記憶にまつわるアイデンティティの喪失をテーマにしてきた、SF作家フィリップ・K・ディックの原作ものも有名だろう。特に記憶を求めて反乱を起こした人造人間と、彼らを駆逐する特捜班との戦いを描いた『ブレードランナー』(1984)や、模造記憶を植えつけられた主人公が、自分が何者であるかを追求していくアーノルド・シュワルツェネッガー主演のSFアクション『トータル・リコール』(1990)など、どれも観る者の足場をぐらつかせていく巧みな構成を持ち、恒久的にファンを魅了し続けている。
 また『インセプション』(2010)『TENET テネット』(2020)などのハイコンセプトなSFを監督した、クリストファー・ノーランによるキャリア初期の傑作『メメント』(2000)は、10分しか記憶を保てない障害を持った男が、妻殺しの真相に迫ろうとする異色作だ。時間を逆にさかのぼっていく編集など、技巧的な記憶喪失テーマの映画として鮮烈なインパクトを我々に与えた。
 『ザ・ツーリスト』の物語スタイルは、こうした先行作品の優れたDNAを受け継ぎ、スリリングで知的センスに満ち換骨奪胎を図っている。
 真実に肉薄しようとすればするほど、自分の命を狙う妨害者に行く手を阻まれる主人公。そしてその“男”は、現在の立ち位置からは想像もつかないような人物であることが明らかとなっていく。その過程には記憶という概念の曖昧さを活かした仕掛けが巧妙にほどこされ、我々は1話を観終えるごとに間髪入れず、次のエピソードへと食指を動かされるのだ。
 記憶を明らかにしていく見せ方も多面的で、物語そのものが過去にさかのぼって事実を浮き彫りにしたり、また登場人物の自発的な回想や薬物効果による強制的な記憶の喚起など、一面的な表現に固執することはない。それがこのドラマを、より創意レベルの高いものにしている。

ザ・ツーリスト 俺は誰だ?

コーエン兄弟のテイストを匂わす登場人物たち

 また、こうした映画的シチュエーションの共有は、記憶喪失というテーマだけに留まらない。『ザ・ツーリスト』の特徴のひとつとして、登場するキャラクターたちの特異性が挙げられ、それもまた映画に依拠するものといえるだろう。
 たとえば“男”が最初に関わりを持つ新米警察官ヘレン(ダニエル・マクドナルド)は、結婚を控えたフィアンセとつつましい同棲生活を送っている。その設定と立ち位置は、かつてジョエル&イーサンのコーエン兄弟が手がけた犯罪映画『ファーゴ』(1990)における、妊娠中の警察署長マージ(フランシス・マクドーマンド)を思わせる。彼女もまた物語の発端となる誘拐と警官殺人を追い、家に帰れば婚約者とのひとときに癒される女性警官で、同キャラからの影響を如実に感じることができる。

ザ・ツーリスト 俺は誰だ?

 また“男”を執拗に追うカウボーイ帽のヒットマン、ビリー(オラフル・ダッリ・オラフソン)は、同じくコーエン兄弟のスリラー『ノーカントリー』(2007)に登場した殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)のキャラクターを彷彿とさせる。圧縮空気を送り出すガスボンベで人を射殺すこの怪人物は、相手にコイントスをさせて生死の賭けを強要するが、ビリーもまた「あなたは私の母を思い出させる」とターゲットに語りかけ、殺人行為の儀式として共通のニュアンスを放つのだ。
 このようにコーエン兄弟の諸作を思わせるテイストが随所に感じられ、その影響下にあるのは判然としている。他にも『ザ・ツーリスト』に見られるオーストラリアの広陵としたロケーションは、『ファーゴ』のノースダコタ州の情景にも似ており、どちらも独特の土地柄や地域性を機能させ、味のあるユーモア描写や切れ味の鋭いスリラー描写に活かされている。このミニシリーズを手がけたハリー&ジャック・ウィリアムズも兄弟クリエーターであり、開発者としての資質や感性においてコーエン兄弟と共通するコンビネーションがあるのかもしれない。

ザ・ツーリスト 俺は誰だ?

主人公同様にアイデンティティを模索する

 そもそも“男”が大型トレーラーに襲撃されるロードレイジ(あおり運転)映画のようなイントロからして、スティーヴン・スピルバーグの名を広く知らしめた『激突!』(1971)を連想とさせる始まり方で、偉大な監督への良質なオマージュがうかがえる。なにより『激突!』はテレビムービーという出自を持ち、『ザ・ツーリスト』にとって先輩格ともいえる存在だ。郷に入りては郷に従え、ではないが、ある種の流儀に沿った演出だと見なすことができるだろう。
 また“男”が土の中に埋められた人物からの着信を受けるという異常なシチュエーションも、地中に棺ごと生き埋めにされた主人公が脱出を試みようとするシチュエーションスリラー『リミット』(2010)あたりが重なるだろう。このような映画的インスピレーションへの積極性あるアクセスは、作り手の高度な創作リテラシーを示し、同時に観る者の知的好奇心を刺激してやまない。
 とはいえ、既存の映画作品からアイデアの原形を見出そうとする行為は、本作のオリジナリティを否定しかねない。しかし、先述の要素をもとにミニドラマへと発展させる時点で、既に『ザ・ツーリスト』は、どのドラマとも違う独自性を得ているといえるのではないか。それはまさしく、自分自身が何者かを模索して衝撃の結末に行き着くような、本作における“男”の特殊さを体現しているといえるかもしれない。

ザ・ツーリスト 俺は誰だ?

『ザ・ツーリスト 俺は誰だ?』
原題:THE TOURIST
動画配信サービス スターチャンネルEX にて配信中!

(c) Two Brothers Pictures & All3Media International

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